警察犬や麻薬探知犬に代表されるように、優れた嗅覚を持つ犬ですが、皆さんのワンちゃんは目の前に落ちているドッグフードに気づいていなかったなんていう経験はありませんか?
「なぜ鼻がいいのにわからないの?」と疑問に思ったことのある方もいらっしゃるかもしれませんが、今回はその「なぜ?」に迫りたいと思います。
感覚器、脳…解剖学的に見る犬の感覚世界
謎に迫る前に、少し硬い話ですが「行動」することについて整理してみましょう。
人を含めた動物はいわゆる五感で物事をとらえ、周囲の状況に適応して生きています。五感で感じ取った情報(刺激)は脳に伝達、そして処理され、必要とあれば行動することで動物たちは環境に適応しているのです(逆を言えば行動する価値のない情報には反応しないのです)。
動物は刺激を感覚器と呼ばれる器官で受け取ります。これは犬も例外ではなく、光の刺激であれば目、匂いの刺激であれば鼻といったように特定の器官が外部の情報を受け取るわけです。
犬の持つ優れた五感といえばもちろん嗅覚ですが、犬種によって差はあるものの、嗅覚細胞のある嗅上皮の表面積は18~150㎠、細胞の数は、多い犬種では3億個ほどにもなります(人:面積3~4㎠、数500万個)。
※詳しくは犬の嗅覚はなぜ優れている?においを嗅ぎ取るしくみの秘密を参照
そして、その情報を処理する脳の嗅球と呼ばれる部分はよく発達しています。大きければ優れているというものではありませんが、嗅覚が犬にとってそれだけ重要な役割を果たしていると言えるでしょう。ちなみに、一般的にマズルの長い犬種のほうが嗅上皮の表面積が広いため鼻が良いとされ、短頭種いわゆる鼻ペチャ犬はその表面積が小さいため嗅覚が劣るとされています。
目に注目してみると、犬は2色型の色覚で赤を識別する事ができません。対して、人間は赤、青、緑の3色を感じ取る3色型色覚、鳥は錐体細胞という色を感知する細胞が4種類あり人が感じ取れない紫外線領域も感知できます。
※詳しくは白黒説は嘘だった!犬の視覚を徹底分析を参照
聴覚は人間と比べ高い音も聞こえます。ですから人には何も聞こえないのに寝ていたワンちゃんがムクっと起きたりするわけです。
「感じられること」と「活用すること」は違う
このように、犬は人と比べて優れた嗅覚や聴覚を持っていますが、その能力を常に活用しているとは限りません。
例えば嗅覚。普段とは服装が違う飼い主に吠えるなんてこともよく聞きます。これは嗅覚よりも視覚を優先していることに他なりません。僕は犬の鼻は人間のBGMと一緒だと考えています。どういうことかというと、車でドライブ中に音楽をかけていたとしても、景色や同乗者との会話に夢中になっていると全く気にならなかったり、印象に残らないようなあの感覚です。
つまり、本来の感覚器の能力としては十分感知できるのにもかかわらず、視覚や聴覚などの他の情報に妨げられたり、匂いに集中・注目していないとあまり活用しないのです。
ただし、ノーズワークや臭気選別、災害救助犬のトレーニングなど鼻を使うことを教えた犬の方が、そうでない犬に比べて嗅覚を使う傾向にあります。つまり困った状況などで視覚や聴覚のみに頼るのではなく、積極的に嗅覚情報を集めようとする訳です。嗅覚情報を集めることは、匂い嗅ぎが大好きな犬という動物にとって当然楽しい行為ですが、嗅覚を使うことで犬の習性上どうしても増えてしまうことがあります。
それは「マーキング」です。積極的に嗅覚情報を集めれば当然他の犬の匂いも気になります。おしっこの問題はペットに関する苦情でも必ず上位にくる項目ですので、散歩前にきちんとトイレを済ませる、マーキングしないように匂いを嗅がせすぎないなど、飼い主さんとワンちゃんもTPOに合わせた行動が求められます。マーキング以外にも、匂いを嗅ぎたいがためにお散歩中過度に引っ張る、動かなくなるなど困った行動が出ないように、メリハリを持って上手に対処してあげることも大切です。
同じ刺激でもその時々で行動は違う
同じ刺激を受け取り、同じ様に情報が脳に伝わったとしても、いつも同じ反応をするわけではありません。犬だって散歩に行けなかったり、遊んでもらえなければ運動不足で欲求不満になり当然イライラします。その状態で他の犬に吠えられたり、怪しい物音がすれば過敏に反応して吠えてしまうこともあるでしょう。
しかし、たっぷり遊んで満足している状態ならば些細な音は気にしません。つまり同一の刺激を受けたとしても犬の心理状態が異なれば、当然反応が変わってくるのです。みなさんも、家族や友人から同じ言葉をかけられたとき、虫の居所が悪ければ目くじらを立て、そうでなければ気にもとめない時がありますよね?
ですから、いつもはこんなことないのに…という時は、普段とは違う心理状態の可能性もあるので、生活習慣や飼育環境を見直すチャンスになるかもしれません。特に生後半年ほどから1才前後は成長に伴い体内のホルモンのバランスが変化するなどの要因から、それ以前と比べ警戒心が増してきます。それによって、今まで大丈夫であった刺激に対して怖がって後ずさりしたり、吠えたりなど、これまで示したことのない行動が見られるかもしれません。
そのような時は「今回はたまたまだ」と思わず、すぐにその場でオヤツなど犬の大好きなものを使って慣らしていくことが、ワンちゃんがその後ストレスなく生活してく上で必要になってきます。