愛犬のストレスサインに気づいた時、とても気になってしまうことがあるかもしれません。しかし、実は犬自身が上手にストレスとつきあえている場合も多くあるのです。犬のストレスに関する質問に、動物行動学・行動治療学の専門家である武内ゆかり教授にお答えいただきました。
武内ゆかり教授
東京大学大学院農学生命科学研究科教授。専門は獣医動物行動学、動物行動治療学。
1987年東京農工大学農学部卒業、1989年同大学大学院修士課程修了後、国立精神・神経センター神経研究所流動研究員、東京大学農学部獣医動物行動学研究室助手を経て、1996年博士(獣医学)号を取得。
1998年~1999年米国コーネル大学およびカリフォルニア大学デービス校獣医学部に留学。帰国後は研究のかたわら、コンパニオンアニマルの問題行動に関する診療を実施。2017年より現職。
『はじめてでも失敗しない愛犬の選び方』(幻冬舎)、『知っておきたいネコの気持ち』(西東社)など、著書・監修・翻訳多数。
▶東京大学 獣医動物行動学研究室
Q.犬はいろいろなストレスサインを出すもの?
以下に挙げたのは、犬が何らかのストレスを感じた時に示すとされる仕草や行動、身体症状の例です。
■ストレスによる犬の変化
「人でも何らかのストレスを感じた時に貧乏ゆすりをしたり、頭を掻いたり、それが癖の如く出る人がいるように、犬の場合も個体によって出やすいサインというのがあるように思います」
「ストレスの原因はそれぞれ違っていても、あくびが出やすい犬もいれば、足を舐める行為が多く出る犬もいるので、愛犬が出しやすいストレスサインを見つけておき、日頃から気をつけておけば、そのコのストレス度をある程度予測できるのではないでしょうか」(武内教授)
Q.ストレスサインはすぐに対処すべき?
「ストレスサインが見られたとしても、そのストレスにうまく対処できている場合も多いので、慌てず騒がず、まずは見守ってあげるのがいいでしょう」
みなさんは“ストレスコーピング”という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
「ストレスサインが見られた時、それはなんとか自分を落ち着かせてストレスとうまく折り合いをつけようとしている状態で、これをコーピングという言葉で表現しています。人でも動物でも生きている以上、ストレスは避けられませんので、個々がそういう術をもっていて、何らかのストレスを感じると、ある種の仕草や行動という形で出てくることが多いのではないかと思います」
ですから、ストレスサイン自体がその個体にとってはストレス解消法になっている場合もあり、2~3回あくびをした後はけろっとしているような軽度のものでは、そのストレスにうまく対処できていると言え、大方の場合は大丈夫でしょう。
ストレスサインに対して飼い主さんが過剰反応してしまうと、犬にとってはそれも(声や態度)ストレスとなり、その行動が強化されてしまう場合もあるとのことですから気をつけたいですね。
Q.ストレスサインは犬種や特性によって差がある?
「性格による差もあるとは思いますが、特に常同行動では犬種差があることは報告されていますし、うちのラボでも柴犬で確認しています」
その主なものは、以下の表のとおり。
同じ「尾追い」でも柴犬の回転は速く、ブルテリアはゆったりと回転するといった差が見られ、それは体のつくりや運動能力の違いが関係するのかもしれないそうです。
最近ではレーザー・ポインターを使った遊びやトレーニングも見かけますが、元々光に固執しやすい犬や犬種では、それがひどくなってしまう場合もあるので、使用は控えたほうが無難でしょうとのことでした。
Q. 犬種によってストレス耐性に差がある?
「うちのラボでも少し研究はしていますが、論文としてはっきりとした結果が出ているわけではありません。たとえば、運動能力の高い犬種とそうでない犬種であるなら、身体的ストレスという意味では差があるかもしれませんが、比較することはなかなか難しいと思います。それよりも個体差のほうが大きいような気がします」
Q.食事はストレス・問題行動と関係ある?
「以前、トリプトファン(アミノ酸の一つ)を与えると脳に入ってセロトニン(精神の安定に関係する)に変化し、抗不安効果が出て攻撃行動が減るという論文はありました。しかし、食事として摂り込んだものがどのくらい脳に届くのかなど十分には研究されていないので、問題行動に対処するためセロトニンを増やす必要がある場合は、薬を使用して増やしたほうが有効であると考えています。ですから、普段の食事を気にする必要はないでしょう」
Q. コルチゾールの出やすい犬は注意が必要?
ストレスと関係するコルチゾール*が元々出やすい犬はストレスに弱いのでしょうか?
「コルチゾールが上がりやすい個体、上がりにくい個体は確かにありますが、現段階ではわからないとしか答えようがありません。むしろ、コルチゾールがないとストレスに対処できないわけで、それが(一時的なストレスで)上がりやすいコは弱いのではなく、ちゃんとストレスコーピングできているねと、私はポジティブに判断しています」
*コルチゾール:副腎皮質から分泌されるホルモンの一つで、ストレスを感じた時に分泌量が増えることから「ストレスホルモン」とも呼ばれており、免疫系や代謝系、中枢神経系などに対し大切な働きをする、体にとってはなくてはならないホルモンです。
Q. 治療が必要な時の判断基準は?
「ストレスの原因を見つけ、それを避けることで治るならいいですが、治らずに、下痢や嘔吐などの消化器症状が続く、震えが止まらずに長く続く、ストレスサインが毎日頻回に続くなどの身体症状がある時には受診をお勧めします」
※行動診療が可能な動物病院や行動診療科認定医が、以下のホームページで紹介されています。
▶日本獣医動物行動研究会/獣医行動診療科認定医紹介ページ
Q.犬のストレスに関して、日頃から気をつけられることは?
「ストレスコーピングは遺伝によるのか、学ぶものなのかまだよくわからないのですが、これができるコとできないコがいるんです。ストレスサインが出るコはある程度コーピングできるのでいいとしても、サインが出ないコをむしろ気をつけてあげたほうがいいと思っています」
何もなさげでも、実は細かく震えていることもあるかもしれません。何より、飼い主さんの観察眼が必要とのことです。
「それから、常同行動の原因ははっきりと判明はしていないものの、刺激のない環境が原因の一つと考えられています。
また、うちのコは散歩が嫌いという飼い主さんも結構多いんですが、家の中ばかりにいると神経過敏になって問題行動につながる場合があります。ストレスコーピングの面からも発散できる術はいくつかもっていたほうがいいでしょうし、その点、散歩は重要です。散歩をすることによって行動の問題が消えていくケースも多いんですよ」
さて、みなさんの愛犬はストレスとうまくつきあえていますか? 余計なストレスは避けたいものですが、気にし過ぎもこれまた問題かも。愛犬のストレスサインをなるべく把握して、バランスよくつきあっていきたいですね。