「保護犬」になった犬たちの生い立ちはさまざま。中にはつらい過去によってかむ・吠える・暴れるようになってしまった犬もいます。このような問題行動を抱えた犬を専門に保護し、改善して譲渡活動を行っているのが北村紋義(ポチパパ)さんです。
“咬み犬”と呼ばれる問題行動を抱えた犬たちの譲渡や、シェルターで行われている「チェンジドッグ」などの試みを紹介します。
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北村紋義さん(ポチパパ)
大阪府富田林市で犬のシェルター「保護犬達の楽園」を運営。ドッグメンタリストとして問題行動の改善も行う。一般社団法人Animal Rescue Nursing代表。YouTubeで「ポチパパ ちゃんねる【保護犬達の楽園】」を開設し、保護した犬たちの暮らしぶりやしつけのアドバイスを配信している。
YouTube:ポチパパ ちゃんねる【保護犬達の楽園】
“咬み犬”になってしまった犬たちの背景
犬が問題行動を抱える原因は、生まれつきの異常や飼い主のしつけと思われがちです。“咬み犬”と呼ばれる犬たちはどのようにして生まれてしまうのでしょうか。
「僕は犬と飼い主さんのどちらにも原因があると感じています。一方だけでは問題が起きにくいけど、両方がそろうと“咬み犬”になってしまう可能性が一気に高まります。もし当てはまる場合、今は問題がなくても要注意です」(北村さん)
犬の原因
・主張が強いタイプ
要求を通すために吠えたりかんだりする。保護犬の中では元飼い犬に比較的多い。
・恐怖心が強いタイプ
身を守るために威嚇や攻撃をする。保護犬の中では虐待など人に危害を加えられたことがある犬に多く見られる。まれに野犬や野良犬にもいる。
飼い主の原因
・やさしすぎるタイプ
犬を甘やかして犬の要求に応え続けている。犬を叱らずにやりたい放題にさせている。
・かまいすぎるタイプ
犬の気持ちを考えずに四六時中かまっている。
・世話やしつけの方法に問題がある
必要な世話をしないでほったらかし(ネグレクトにつながる)、犬に力負けする(力づくでしつけをしたあげく失敗する)。
「犬と飼い主さんの原因を見比べると、両方に原因があることがわかるのではないでしょうか。ほめるしつけを叱らないしつけと勘違いして、『叱ったらいけない』と甘やかしてしまう飼い主さんが多い気がします。良いことはほめて、いけないことは止めること。早くから家庭のルールをしっかり教えないと、問題が大きくなって手に負えなくなってしまいます。
実は飼い主さんが良かれと思って訓練所に預けた結果、問題が悪化してしまうことも珍しくありません。問題行動に詳しい専門家に相談することが大切。中には先天的な疾患があって問題行動を起こしやすい犬もいるので、動物病院で診てもらうことも必要です」
問題行動犬の保護~譲渡まで
北村さんが運営する施設の「保護犬達の楽園」では、問題行動を抱えた犬を中心に保護活動を行い、改善してから新たな飼い主さんへ譲渡も行っています。アメリカン・ピット・ブル・テリア、土佐犬、秋田犬をはじめ、ゴールデン・レトリーバーやトイ・プードルを預かることも。施設ではどのように過ごしているのでしょうか。
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「保護犬がシェルターに来たときは、安心して過ごせる環境をつくることから始めます。それから性格、好きなもの、苦手なもの、かむときなどを確認。犬が落ち着いてきたら相性の合う犬と同じフィールドに入れて、僕が監督として見守ります。犬同士のほうが意思の疎通がスムーズなのか、最初は犬に任せたほうが早く安定する気がします。それから首輪やリードに慣らして、散歩をして……と家庭犬になるための練習。犬によっては順番を変えることもあります」
北村さんが何をしても犬が受け入れるようになったら、譲渡の準備を始めるそうです。「目の大きさも大切です。施設に来たときは目がつり上がっていたのが、落ち着くと丸くなるんです」と、表情も確認。施設に迎えてから譲渡まで、短ければ3カ月程度、長ければ1年以上かけることも。
再び保護犬にさせないため、譲渡の審査を行う
新たな飼い主さんの募集は、YouTubeの「ポチパパ ちゃんねる【保護犬達の楽園】」などで行います。動画で問題行動が収まっていく様子を配信しているので、“咬み犬”でも譲渡を希望する方がいます。
「本来は譲渡を積極的にしていくべきですが、僕は審査の基準を厳しくしています。接し方によっては問題行動が再発してしまうし、アメリカン・ピット・ブル・テリアのような闘犬種もいるからです。同じ大きさの犬を飼ったことがある、同じ犬種を飼ったことがある、犬の世話やしつけに苦労して学んだ経験がある、犬の飼育環境に適している……といった条件に合う方を希望者の中から選んでいます。万が一のことがあれば犬も飼い主さんも不幸になってしまうので、無責任なことはできません」
そもそもシェルターは北村さんが愛犬と暮らすためにつくった施設。新たな飼い主さんが見つからなければ愛犬にするつもりで引き取っています。100頭を超える犬を譲渡してきて、「うれしいけど、さみしい気持ちもあります」と見送る気持ちを吐露しました。
幸せになった元“咬み犬”たちのエピソード
北村さんの施設に引き取られた犬や、すでに新たな家庭に譲渡された犬たちのエピソードを紹介しましょう。
トラバサミによって3本足になった「一輝」
保健所に収容されていた甲斐犬の一輝は、違法なトラバサミ*で左前足を失った犬。救助されるまで山の中でひとりぼっちで過ごし、血のにおいで寄ってくる野生動物から身を守っていたらしく、元気になるにつれて身を守るために先制攻撃をするようになった。北村さんが引き取って施設の犬たちと過ごすうちに本来の明るさを取り戻した。
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北村さんの愛犬として暮らしていたが、1年半がすぎたころ、一輝の譲渡を希望する飼い主が現れた。北村さんは断ったが、熱意に負けて「首輪とリードをつけられるようになったら」と言ったところ、熱心に通って条件をクリア。「一輝は自分のハンデキャップをわかっていて他の犬に遠慮する。家庭でかわいがってもらえるほうがいいだろう」と譲渡することに。今は新たな家庭で幸せに暮らしている。
*トラバサミ:狩猟に使う罠(わな)の1つ。罠にかかった動物に長時間にわたる苦痛を与えることなどから使用が禁止されている。
飼い主に捨てられたトイ・プードルの「モップ」
トイ・プードルのモップは、汚れてボサボサの状態で放浪していたところを保健所に保護された。純血種の小型犬にも関わらず迷子の届出がない場合、飼い主が飼育放棄した可能性が非常に高い。かむので保健所の職員や動物保護団体のスタッフもさわれず、トリミングもできない状態だったので北村さんが預かった。
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モップは自分の主張を通すためにかむタイプだったので、要求に応えず過ごしているうちに威嚇が収まった。落ち着いた環境で安心したのかもしれない。誰がさわっても受け入れるようになり、トリミングでかわいいカットに変身。1年後に新たな飼い主へ譲渡され、カットに合う名前をつけてもらった。
飼い主の指や顔をかんでしまった「みりん」
柴犬系雑種のみりんは生後3カ月のときに保護団体から迎えた。もともと食が細く神経質なところがあったが、1歳にならないころから飼い主をかむように。動物病院で先天性の神経疾患と診断され、指をかみちぎられても獣医師に相談しながら飼い続けてきたが、8年目に顔をかまれたことをきっかけに北村さんに連絡。
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飼い主は「問題行動が収まったら迎えに来たい」と言ったが、30回以上かまれている傷を見て、北村さんは施設で暮らすことをすすめた。いろいろな状況で確認した結果、他の犬や見慣れないものに強く反応すること、フラストレーションがたまるとかむこと、かむ2秒前に急に止まることなどがわかってきた。現在は居住スペース全体に目隠しシートをかぶせたり、フィールドで自由に過ごさせたりして対応している。
トライアル期限は無期限。「チェンジドッグ」制度も
北村さんの施設の試みの一つは、マッチングを確認するためのトライアル期間を無期限にしていること。今まで最長は8カ月だとか。北村さんが愛犬にするつもりで引き取るからこそできることでしょう。
「譲渡の審査を厳しくして希望者を絞っていますが、いざ家庭に連れ帰って暮らし始めたら『想像していた犬との暮らしとは違う』というケースはどうしてもあります。とくに恐怖心が強いタイプはなかなか本来の姿をださないので、2週間ではわからないこともあるでしょう。飼い主さんが大丈夫と思っても、僕が心配ということもあります。慎重すぎるかもしれませんが……」
もう一つは、チェンジドッグ制度です。たとえば愛犬の問題行動で相談にきた飼い主さんがこのまま飼い続けるのが難しそうであれば、愛犬と施設の犬を交換するシステム。
「犬を飼えるスキルがある飼い主さんでも、相性が合わなかったり犬に原因があったりして問題が起きてしまうことがあります。合う犬とマッチングしてうまく暮らせる方には、こちらから提案します。最近は野犬を迎えて困っている方から相談が増えて、チェンジドッグで施設にいる、人に慣れた犬と交換することが多い。譲渡後にも相談に乗ってくれるところがもっと増えてほしいと願っています」
犬の保護活動を行いながら、YouTubeやオンラインミーティングで暮らしのアドバイスを発信している北村さん。問題行動を抱えた犬たちとの出来事をまとめた著書『どんな咬み犬でもしあわせになれる』(KADOKAWA)が発売中です。保護活動を始めるきっかけになった愛犬との出会いや、経験に基づく問題行動犬との暮らし方を紹介しています。これから犬を迎える方、愛犬と暮らしている方、犬が好きなすべての方に手に取ってほしい一冊です。
どんな咬み犬でもしあわせになれる 愛と涙の“ワル犬”再生物語
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