犬と暮らす飼い主さんにとって心配事の1つが運動器疾患、中でも関節のケアではないでしょうか。しかし、「散歩は?」「階段は?」と悩みや疑問も多いのでは?それをすっきり解消して、よりよい関節ケアができるよう、犬猫の運動器疾患に詳しい、リハビリテーション専門動物病院『D&C Physical Therapy』の長坂佳世院長に関節ケアについてお聞きしてみました。
麻布大学外科学第2研究室卒業。CHI Institute(アメリカ、フロリダ州)にて、鍼治療認定資格(CVA)およびマッサージ療法認定資格(CVT)取得後、ゼファー動物病院にて一般診療、リハビリテーション診療を担当。2011年にはテネシー大学公認のリハビリテーション認定資格(CCRP)を取得し、2013年、日本では初となる犬猫のリハビリテーションに特化した『D&C Physical Therapy』を開院。飼い主や犬猫にとって負担とならない、それぞれのライフスタイルに合わせたリハビリ医療プログラムを提案している。
▶『D&C Physical Therapy』
運動器疾患の原因は子犬期の運動に関係することも!
運動器疾患には、よく見られる関節症の他、以下の表のようなものがあり、それぞれに罹患しやすい犬種がいます。
たとえば遺伝性疾患であるパテラ(膝蓋骨)の脱臼を例にとると、「出生直後の子犬は膝蓋骨、大腿骨滑車溝を含め、骨格形成が未完成です。子犬としての自然な運動をする中で、成長とともに全体的な骨格が形成されていくため、その運動が不十分であると、滑車溝の形成や筋肉の発達も不十分となり、それがパテラの脱臼を発症しやすくしている一因とも考えられます」と長坂先生。
実際、一般的な販売ルートに乗る子犬(特にトイ・プードル)ではパテラの脱臼の発症率が高いのに対して、自家繁殖の子犬には発症がほとんど見られないことからも、子犬にとって必要な運動ができる環境が確保できているかどうかは大きく作用するようです。運動器の問題は、生まれた時からすでに始まっているというわけですね。
関節・運動器のチェックポイント
できるなら、このような病気には罹らないのが一番ですが、せめて少しでも早く気づいてあげたいもの。そのためには?
「普段から愛犬の体を触って、各関節の可動性というのを飼い主さんなりに把握しておくのがよいと思います。ただし、可動性が落ちたからといって、必ずしも関節が悪くなったということではありません。筋肉がついていれば、それが邪魔になって曲がりづらいこともありますし、筋肉の伸びが悪ければ、関節も伸びにくくなりますので」
その他、運動器トラブルが考えられる場合のチェックポイントを長坂先生に教えていただきました。
こんな様子が見られたら、運動器トラブルの可能性も?
☑ 散歩に行く時はだらだら歩くのに、帰りは早い(早く家に帰りたい)。
☑ 気温や気圧の差が大きいなど、天候によって様子が違う(特に冬と春の始め)。
☑ 後ろを振り返らない、頭を動かさない。
(椎間板ヘルニアや変形性脊椎症などが考えられる)
☑ 体を触らせない、毛が逆立っている。
☑ 後肢の幅が広くなった、または両脚がくっつくほど狭くなっている。
☑ 脚がぷるぷる震える。
☑ 腰が落ちている。
☑ 歩く時に頭の位置が上下する。
(前肢に痛みがあると、脚を着地した時に体重をかけたくないため頭の位置が上がる)
関節症に対処するには生活改善からスタート
しかし、発症してしまった場合はどのように対処したらよいのでしょう? ここからは、関節症にしぼって話を進めていきます。
まず、犬の肥満率が高いことから、食事の見直しをし、サプリメントも含めた食事管理を行いながら、痛みがある場合には鎮痛剤を使用の上、適切な運動と室内環境を整えるといった生活全般の改善が必要だそうです。つまり、軟骨を保護して、炎症を抑えつつ、体も無理なく鍛えていくということ。ちなみに、高品質で、その犬に合ったサプリメントを補給することで、鎮痛剤の使用回数も減るそうです。
では、その中で、特にポイントになることとは?
➤ただ立っているだけでも運動になる!
少しでも体を動かすことで関節が固まったり、筋肉が落ちたりするのを防ぎ、血流も確保できて水分もしっかり保持できるとのこと。ですから適度な運動は大切になるわけですが、実は、平らな場所でただ立っているだけでも運動になるのだとか。
「姿勢に関係する体幹筋という筋肉がしっかりしていれば、立っていられますし、ゆっくりであっても散歩はできます」と長坂先生。
体幹筋が弱い犬は筋肉が少なく、脂肪が多い傾向にあるため 、重たい体を持ち上げるのが困難。立つことによって普段使ってない筋肉を使うだけでも代謝を変えられるそうです。
➤バランスボールの自己流使用はNG!
犬の状況によってバランスボールやディスクを使ったトレーニングもありますが、特にバランスボールを自己流で使用するのは控えるべき。
長坂先生曰く、「犬が正しい姿勢をとれない時点でそういったものを使用すると、間違った筋肉が鍛えられてしまって猫背になったり、体が曲がったりしますので、どこの筋肉にどんな動きが必要なのか判断する専門家の指導が必要です」
一方、一般の飼い主さんが取り入れやすいのはバランスディスクで、1日1回、30秒程度でも結構効果があるそう。ただし、あまり長く乗せると疲れる上に、望ましくない筋肉を使うことになってしまうので注意を。犬が落ち着かなくなると、疲れているという可能性が。そのような場合は、 一度下ろして休憩を入れるようにします。
なお、バランスディスクを始めるには、乗ったらおやつを与えるなど、犬にとってよいことと結びつけるようにして慣らしていくのは、他のトレーニングの基本と同じです。
➤散歩は1日数回に分けて
関節症が発症している場合、「少し動かしては休む」を繰り返すのがよいそうです。よって、散歩も数回に分けるのがベター。行けない場合には、部屋を一周する、「座る→フセ→立つ」といった動作を5回程度繰り返すだけでも有効であると。
➤階段は積極的に使ってよい!
犬の状態によっては使わないほうがよい場合・時期もありますが、階段は筋トレにもなるのでリハビリにも取り入れられています。お勧めなのは低くて、奥行きのある階段。ただし、下りには十分注意を。
➤関節症を発症している場合、ジャンプは危険
「軟骨はショックアブソーバーと言われるくらい長軸方向の衝撃を吸収してくれるクッションです。それが弱くなっているところへ着地の衝撃やひねりも加わると、関節を余計傷めるだけなので、ジャンプはさせないほうがよいでしょう。とは言っても、立ち上がって前足をかけるとか、曲げ伸ばしなど、自然な動作には問題ありません」と、長坂先生はジャンプの危険性を指摘します。
➤自宅でできる簡単ケアは温シップ
人間でも慢性痛は温める、急性の痛みは冷やすのと同じで、関節症は慢性疾患であるため、基本的には温めます。しかし、転んだり、走り過ぎたりして痛みが出た場合には、患部が熱をもっているので冷却を(人間用のシップ・スポーツ用冷却スプレーは不可。お勧めは保冷剤や氷のう)。温・冷、どちらであっても、犬が気持ちよさそうにしているなら、それが必要だということです。
「散歩に行く前に温め、帰宅後に冷やすのはお勧めです(目安はどちらも20分)。その他、寝る時に毛布をかける、脚にサポーターのようなものを巻くのもよいですが、ただ手を乗せてあげるのももっとも簡単で安全なケアです」
なお、 40℃であて続けると火傷のおそれがあるので、湯たんぽには注意が必要だそう。
これらの関節ケアは、予防として使えるものもあります。関節は若い頃からのケアが大事。生活全般を今一度見直し、できるところから愛犬の関節ケアをスタートしてみませんか?
(取材・文/大塚良重)
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