「15歳を迎えた大型犬の往診」に密着。自宅でできるシニア犬の治療と介護

ペットの高齢化に伴い、往診診療を希望する飼い主さんは増えています。獣医師が自宅を訪問して行う医療とは?

今回は神奈川県藤沢市を中心に往診診療を行っている丸田香緒里先生に同行しました。訪問先は、飼い主さんの前澤さんと、愛犬のラブラドール・レトリーバーの沙羅ちゃん。寝たきりになってからすぐ、丸田先生に往診を申し込んだそうです。

kaori_150獣医師:丸田香緒里先生

アニマルライフパートナー 代表
獣医師、ペット栄養管理士、ホリスティックケアカウンセラー、メンタルカウンセラー。神奈川県藤沢市を中心に、茅ヶ崎市や平塚市などで往診を行っている。対象動物は、犬、猫、鳥、小動物。診察に加えて、主にシニアのケア、リハビリの指導、カウンセリングにも対応。
アニマルライフパートナー

往診診療を依頼することにしたきっかけ

前澤さんに通院から往診に切り替えたきっかけや経緯を詳しくうかがいました。

「沙羅は昨年末から少しずつ後ろ足が弱ってきていたので、往診してもらえる先生を探していましたがなかなか見つかりませんでした。今年になって急に倒れて立てなくなり、2月1日には寝たきりになってしまいました。しかも触ってわかるくらい熱が出ていて。困り果てて夜中にネットでまた調べたら、偶然そこで丸田先生のホームページを見つけたんです」と前澤さん。

深夜にメールを送ったところ翌朝に返事があり、すぐに往診をお願いすることに。今では「沙羅が結んでくれたご縁」と、前澤さんと丸田先生は笑顔で介護の話をしています。

往診_ヒアリング
「丁寧に話を聞いてもらえてホッとしました」と前澤さん。丸田先生は飼い主の話から必要な診療器具を推測して持参する。

 

自宅で行う治療、検査、ケアの流れ

往診は手術、レントゲンや超音波の検査はできないため、今後必要になった場合、急患対応の一環として、動物病院への送迎を考えているそうです。同行した日は沙羅ちゃんの5回目の診察でした。往診の流れを紹介しましょう。

●問診

往診_問診
飼い主に前回の診療からこの日までのペットの様子や変化を聞き取る。

●触診などの基本的な検査

往診_診察
触診、聴診器、体重測定、体温測定など、動物病院でも行う基本的なチェックを行う。

●飼い主さんへの説明

往診_カウンセリング
検査の結果や状態を飼い主に伝え、必要な治療や処置について説明する。

●血液検査

往診_血液検査
必要であれば採血して血液検査。外部検査センターに検査を依頼するため、結果が出るまでに2,3日かかる。次回の診察時もしくはメール・電話にて結果を報告し今後の治療方針を決定する。

往診_血液検査説明後日、血液検査結果説明

●リハビリ

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寝たきりになると足の筋肉が落ちたり関節が硬くなったりする。理学療法の観点からマッサージなどのリハビリを行う。飼い主が自宅でできるように指導する。

●温熱治療

往診_温熱治療
温めてツボを刺激する電子温熱タイプのお灸を使う。写真の犬柄の手ぬぐいは前澤さんから先生へのプレゼント。飼い主には、電子レンジで温めて使えるアイピローで代用するアイデアを伝えている。

●皮下補液

往診_補液
犬の体調に応じて皮下補液や点滴を行う。

●ケア

往診_肉球ケア
丸田先生が15歳の愛犬のケアで気づいたことや、飼い主から教えられたアイデアを広めている。すぐに真似できるのは、肉球マッサージなど。

●処方、次回までの説明

往診_処方
往診診療はおおよそ週に1回。状態に応じて週2回ほど訪問することもあるという。次回までの薬を処方し、必要なケアを説明する。支払いはクレジットカード可。診療明細はメールで送付、もしくはその場でプリントして渡す。

 

飼い主による介護のアイデア

前澤さんは沙羅ちゃんが寝たきりになる前から、介護の備えをしていたそうです。

「何が起きても慌てずに対処できるよう、情報収集して心の準備をしておきました。前もって介護のグッズも買っておいたんです。人の介護用グッズが意外と使えるんですよ!」

二人三脚で治療と介護を続け、先日は沙羅ちゃんが自分で寝返りを打てるように!「自宅でできるケアはたくさんあります」と、丸田先生も工夫を推奨しています。

●オムツ

往診_オムツ
介護用のオムツが経済的で便利。尾を通す穴を開け、中のポリマーがこぼれないように切り口をテープで止める。テーピングを使うとしっかりくっつけられるそう。漏れないように股の部分はオムツを二重に当てている。

●ウンチの処理

往診_ウンチキャッチ
先端の輪にビニール袋を装着し、犬のお尻に当てて素早くキャッチできるアイテム。本来は散歩時に使うものだが、寝たきりの犬にもおすすめだそう。

●ベッド

往診_ベッド
床ずれ防止のため、低反発マットを敷き、その上に1枚目の防水シート、トイレシート、2枚目の防水シートを敷いている。汚れても洗うものは最小限にできる。特に床ずれしやすい肩、腰、顔の下には、粒の大きい梱包用エアパッキンを敷くとクッションになってよいそう。

●靴

往診_靴
後ろ足が弱ってきた頃から引きずってけがをするようになり、犬用の靴を購入。引きずっても穴があかないように、先端に人の靴の補修剤をたっぷり塗ってあらかじめガード。

●吸い飲み

往診_吸い飲み
人の介護用品の「吸い飲み」は、シリンジより少量ずつ飲ませられて便利だそう。

●スプーン

往診_スプーン
食事の介助に使うシリコン製スプーン。沙羅ちゃんは反射的に口を噛み合わせることがあるが、シリコン製なので安心。

 

往診だからこそできること

往診を受け付ける曜日や時間は決まっていますが、シニアは体調が急変するため、ときには往診時間外に急患対応を行うことも。前澤さんも依頼したことがあるそうです。

「急に熱が出たりけいれん発作のような状態になったりして、深夜に往診していただいたことがあるんです。いつ何があるかわからなくて不安でしたが、丸田先生がすぐ対応してくれるので安心して過ごせるようになりました

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「長男9歳、次男5歳の時に我が家にやってきた沙羅。一緒に育っていく中で大切なことをたくさん教えてくれました。子供たちの成長を振り返ると必ずそこにいる大きな大きな存在です」と前澤さん。今までたくさんの幸せをくれた沙羅への恩返しだと思って介護を楽しみたい、と笑顔で語ってくれた。

往診は生活環境や家族構成がわかるので、動物病院での診療に比べ、飼い主さんができるケアを的確にアドバイスできるようになったそうです。

「ご家庭の状況によって、できることやできないことは違いますよね。良かれと思って伝えたことができなかった場合、飼い主さんには後悔が残ってしまいます。無理なくできることを見極めて、お伝えするように心がけています」

往診_触診
患者はシニアのペットが大半。しかし子犬の往診依頼もある。「愛犬を看取った飼い主さんから、『新しい家族を迎えた』と連絡をいただくことも。うれしいですね」

カウンセリングでは、介護の先にある別れやペットロスのつらさをやわらげるための相談も受け付けています。獣医師と飼い主という立場を超えて長くお付き合いができるのも、往診診療ならではのメリットではないでしょうか。

往診_前澤さん〈協力してくださった飼い主さん&愛犬〉
前澤さん(鎌倉市在住)
愛犬はラブラドール・レトリーバーの沙羅ちゃん(メス15歳2ヶ月)とMIXの花ちゃん(メス・1歳)。寝たきりになった沙羅ちゃんが快適にすごせるよう、食事やベッドにさまざまな工夫をしている。そのアイデアは丸田先生が他の飼い主さんに広めている。※沙羅ちゃんはこの取材の後、3月5日に虹の橋を渡りました。ご家族に見守られ、前澤さんの腕の中で、穏やかに旅立ったそうです。

(文・構成:金子志織)

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金子志織

編集&ライター、愛玩動物飼養管理士1級、防災士、ヒトと動物の関係学会会員、いけばな草月流師範 前職はレコード会社でミュージシャンのファンクラブ運営を担当。そのときに思い立って甲斐犬を迎える。初めての子犬の世話に奮闘するうちに動物への興味が湧き、ペット雑誌や書籍を発行する出版社に転職。その後、フリーランスのライター・編集者として独立。飼い主さんと動物たちの暮らしに役立つしつけや防災の記事から、犬のウンチングスタイルなど雑学の記事まで作成。現在も犬と猫を中心に、ペット関連のさまざまな雑誌、書籍、We…

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