ドッグトレーナーをしていると一日に何件も、吠えや噛みつきなど、犬のことで困った飼い主さんからご連絡をいただくことがあります。それもそのはず、麻布大学で行われた調査では、「飼い犬のことで何か困った問題がある」と回答した人は問題の大小にかかわらず、およそ8割もいました。困った問題を解決するためには学習のセオリーを知る必要がありますが、今回は復習も兼ねて何かを覚える過程についてもお伝えしていきます。
困った行動はどうやって定着するのか
動物が何か行動を身につける学習の一つに、オペラント条件付けの「正の強化」という法則があります。これは「動物が何か行動した時、良い結果が与えられると、その後その行動が増加する」というもので、「オスワリ」と言ったあと、地面にお尻をつけた時にオヤツをあげれば犬は「オスワリ」と言われたら座るようになります。もちろん、一回できたから理解できたかということはなく、何度も経験し、学習して定着していきます。
これは人間にとって都合の悪いことも例外ではなく、例えば、飼い主がご飯の時に犬が吠えたら人間の食べ物をもらえた場合、その後吠える行動は増加し、これを繰り返せば習慣として定着していきます。
動物が行動を身につける学習はもう一つあり、これはオペラント条件づけの「負の強化」といいます。負の強化は「動物が何か行動した時、嫌なことがなくなると、その行動が増加する」という法則で、犬嫌いの犬が、他の犬を見た時に吠えたら相手の犬がいなくなった場合がこれにあたります。どちらの法則でも、動物の行動を増やすものは「強化子」と呼ばれ(上記の例ではオヤツや人間の食べ物、嫌な相手がいなくなること)、遊びや食物など動物の本能的な欲求を満たす事や物がこれに当たります。
困った行動を減らすには悪化がつきまとう
行動をなくすためには、簡単に言うとその行動をする意味をなくすことをします。要するに、行動した結果、得られる強化子をなくしてやれば、行動するメリットが無くなり困った行動はなくなるというわけです。上記の人の食事中に吠える犬の場合、人の食べ物を与えることをやめればいいのです。この強化子を得る過程から、得られない過程に移行することを「消去」といいます。もちろん、消去も一回実行したから理解するわけではなく、何度も繰り返し経験させることで困った行動がなくなっていきます。
しかしながら、「消去」には一時的に「行動の頻度や強度、持続時間が増大する」という厄介な現象がつきまといます。これは消去バースト*と呼ばれる現象で、消去により目的を達成できなくなった(強化子を得られなくなった)フラストレーションから生じると考えられています。また、消去バーストではフラストレーションからその場とは関係ない行動、八つ当たりや攻撃行動が出ることもあります。
*消去バースト(外部リンク)
消去バーストは改善への通過点
人を例に消去バーストについて考えてみましょう。例えば、自動販売機にお金を入れてボタンを押してもジュースがでなかったとします。この時皆さんはどのような行動をとるでしょうか?おそらくもう一度ボタンを押し、ジュースが出るのを待つでしょう。それでもダメなら何回も押してみたり(頻度の増大)、力いっぱいボタンを押したり(強度の増大)、長押ししたり(持続時間の増大)人によっては腹を立て、自動販売機を叩いたり、蹴ったりする(攻撃行動の誘発)のではないでしょうか?
食事中に吠える犬の例に戻ると、人の食べ物を与えないことで、あげていたときよりもより吠えるという行動が増えます。場合によってはイライラして人に飛びついたり、家具を噛んだりするかもしれません。ここで根負けして人の食べ物を与えてしまえば、オペラント条件付けの「正の強化」となり、なくそうと思っていたにも関わらず、以前より「吠えるようにトレーニングする」ことと同義になってしまいます。もし、フラストレーションの結果生じる行動がそれほど問題にならない、周りに迷惑をかけない場合はそのまま消去を続けることをおすすめします。
ただし、消去バーストはフラストレーションの結果ですから、なるべくフラストレーションを感じないよう、困っている問題と相反するような行動をさせる工夫をすることで最小限に抑えることができます。例えば、人の食べ物が欲しくて吠える場合、犬が吠える前にコングなどのドッグフードを詰められるおもちゃを使い、時間をかけて食べられるようにすることで、人の食べ物が気にならないようにすることなどが工夫に当たります。
困ったことを改善する時、犬に一方的に何かを教え込む、我慢させるだけではなく、犬という動物の習性をよく理解した上で、適した飼育環境や管理の仕方を見直す必要があるケースもあります。ですから、問題が起こる状況をよく分析し、様々な側面から改善へアプローチすると良いでしょう。