吠えた時にご褒美をあげると吠えは減る?トレーニング上級者が陥りやすいこと|ドッグトレーナー連載

犬のしつけにおいて、ほめてしつける方法いわゆる「陽性強化法」がメディアなどで紹介され、実践されている方も以前と比べると格段に多くなってきました。この方法は犬が「良いことをした時」に犬にとってうれしいこと(少し堅い言い方をすれば快刺激。快刺激は犬にとって楽しいことの総称であり、フードやオヤツだけではないので誤解のないように)を与え、良いことを覚えてもらうという「オペラント条件付け」という理論の「正の強化」という法則を利用したものです。

犬と人の関係の中で上下関係が必要ないことが科学的に明確にされ、しつけとして犬に人間社会で暮らしていく術を効率よく伝えていくうえで、これからもこの方法を実践されていく方がどんどん増えていくことでしょう。

 

動物が何かを覚えることにも種類がある

オペラント条件付けの正の強化は「動物が何か行動した時、良い結果が与えられると、その後その行動が増加する」という学習の法則で、オスワリをしたらほめましょうというのは、ここからきています。ですから、オヤツが欲しいと犬が吠えている時に、これでも食べて静かにしていなさいと骨ガムを与えれば、たとえ人にほめるつもりがなくとも、それ以降、「オヤツをもらうために吠える」という行動は増えてしまいます。したがって、吠えたら無視しなさいとうことが推奨されるのです。

学習にはもう一つ、メジャーな法則があります。「パブロフの犬」と言うとピンとくる方もいるのではないでしょうか?これはご飯の前にベルの音を鳴らしてからあげることを繰り返したことで、ベルの音を聞くだけで犬がよだれを垂らすようになったことを発見したものですが、この学習は「古典的条件付け」とよばれ、「動物が生まれつき持っている「反応」や「感情」が、それまで関係のなかった刺激によって誘発されるようになる」というものです。

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唾液には消化を助けたり、食物を飲み込みやすくするといった役割がありますが、これは本来、口に食べ物が入ることで起こる反応であり、音を聞くだけで起こるものではありません。ですから、皆さんのワンちゃんがドッグフードやオヤツの袋を開ける音がすると嬉しそうによだれを垂らすということは、過去の経験から学習して起こっているのです。

 

吠える犬にオヤツをあげることで吠えをなくす事ができる

しつけ方教室では、よくインターホンがなると吠えるワンちゃんの相談を受けます。これは、インターホンが鳴ると、自分の縄張りに誰かが侵入してくるという「警戒心」が誘発された結果、侵入者を追い払おうとして起こる行動です。さて、ここで「正の強化」に戻ってみましょう。正の強化のルールに則れば、吠えている時にオヤツをあげれば吠えることが増えてしまいます。よって書籍やしつけ方教室では、インターホンが鳴って吠えなかったらご褒美をあげましょうと指導しているのです。

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では、インターホンが鳴った時にオヤツをあげたらどうなるでしょう。古典的条件付けのルールに則ればインターホンが鳴るとオヤツをもらえる「嬉しい気持ち」が誘発され、結果的によだれを垂らすでしょう。それでは、インターホンが鳴ると、本当に犬はよだれを垂らしながらオヤツを得るために吠えるようになるのでしょうか?答えはNOです。なぜなら、インターホンに吠える原因の多くは「警戒心」(インターホンがなると知らない人が入ってくる事により警戒心が誘発される古典的条件付け)によるものです。つまり、「警戒心」が解消されれば自動的に吠えることはなくなります。

よってこのようなケースの場合、行動を変えることよりも感情を変えることを優先したほうが効率的です。具体的には、吠えていようが「警戒心」を呼び起こす音に対して相反する「嬉しい感情」を上書きするために、インターホンが鳴ったらオヤツをばらまくということをします。そうすることでインターホンの音が鳴った時に誘発される感情が「警戒心」ではなく、「嬉しい気持ち」になります。したがって、吠える意味そのものがなくなり、困った行動はなくなるのです。(もちろん、警戒心がなくなったうえで、インターホンが鳴った時に吠えたことに対してオヤツをあげれば、吠えは増えてしまいますが、この場合、反射的に吠えるのではなく、飼い主の顔を見ながら吠えるので飼い主さんでもよくわかるでしょう。)

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しかしながら、犬のしつけの世界ではオペラント条件付けの正の強化が重要視され、学習の種類の一つとして古典的条件付けを紹介している書籍やドッグトレーナーもいるものの、困った行動の改善にはうまく導入されていないのが現状です。ですから、書籍やネットでは「吠えたときは褒めない。吠えなければご褒美」とすることがほとんどです。もっともらしい理屈ですが、現実的に考えて吠えて困っているのに、吠えない時にご褒美をあげるというアドバイスほど難しい事はありません。

実はこのような過ちは、オペラント条件付けをよく知る、トレーニング中~上級者やプロのドッグトレーナーのほうが陥りやすい傾向にあります。なぜなら、オペラント条件付けは行動の学習で、目に見える反応であるのに対し、古典的条件付けは、感情の変化や唾液分泌、発汗など目に見えにくい反応でわかりにくいため、どうしても観察眼に優れた人は前者に注目してしまうからです。また、狙い通り行動を変えてきたという経験や充実感もそれに拍車をかけるでしょう。

 

行動だけではなく行動する理由や気持ちを考慮し対応を

オペラント条件付けを知ることは効率よく行動を学んでもらうために非常に有用ですが、刺激の限られた実験室の中で発見された理論であり、実際のところ、実生活では不確定要素も多く、これだけで問題を解決しようとしてもなかなか理論通りに行かない場合もあります。

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また、犬のトレーニングをする上で考慮すべきことは、様々な学習は一つ一つ独立して起こっているわけではないということです。学習に名前をつけ整理していますが、現実的にはいくつかの学習が同時におこり、互いに影響しあっているのです。ですから、目に見える行動といった一側面だけで犬を理解しようとすると、治るものも治らなくなってしまいます。

大事なことは一つの理論に溺れることなく、目に見えない犬の気持ちまで察し、犬が暮らしやすい環境を提供した上で、適切な学習をする機会を与えてあげることです。

 

三井翔平

ドッグトレーナー(スタディ・ドッグ・スクール所属)、学術博士、国際資格 CPDT-KA(Certified Professional Dog Trainer - Knowledge Assessed) 麻布大学大学院獣医学研究科博士後期課程にて犬と人のコミュニケーションに関する研究を行い博士号を取得。その後 ドッグリゾートWoof 専属チーフドッグトレーナーを務め、日本テレビ系「ザ!鉄腕!DASH!!」のダメ犬・デブ犬克服大作戦をはじめとしたTV番組にも出演。現在はスタディ・ドッグ・スクールを拠…

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