犬が飼い主の言うことを聞いてくれないのは、飼い主と犬との上下関係の崩れが原因と考えられてきましたが、以前のコラムでも書いたように、現在では「人と犬の関係=上下関係」という考え方自体が見直されるようになってきました。
それでは、なぜ犬は飼い主さんの言うことを聞いてくれないのでしょうか?
犬が「義務感」の意識を持つことは難しい
人をはじめ、動物の脳はその部位によって司る機能が異なります。「言語機能」、「道徳心」、「倫理観」や「義務感」といった機能は、大脳新皮質という部位が司っていますが、この部位は人で最もよく発達し、犬ではあまり発達していません。
また、大脳新皮質には食欲や睡眠欲などといった「本能的欲求」や、恐怖や不安、好き嫌いなどといった「情動」をコントロールする機能も備わっていますが、大脳新皮質があまり発達していない犬は、感情や本能的欲求を抑えることが苦手です。
そのため、犬が自分の意思とは異なることを飼い主から求められても、欲求や感情を抑え、「~しなければならない」という義務感の意識を持ち、飼い主の希望どおりに行動することは犬にとって非常に難しいことなのです。
犬は「恐怖」や「不安」を避ける
上下関係を築くために行われてきたしつけ方法では、主に力や体罰によって犬を制圧し、コントロールする方法が用いられてきました。しかし、力や体罰によって犬を制圧するしつけ方では、犬が飼い主に対し恐怖や不安を持つようになってしまい、言うことを聞くどころか飼い主から逃げようとしたり、飼い主に攻撃しようとしたりします。仮に力や体罰によって言うことを聞かせられても、それは飼い主が上位とみなして言うことを聞いているのではなく、ただ単に犬が委縮し抵抗することすらできなくなり、恐怖のあまり言うことを聞いているだけなのです。
飼い主さんが意図的に犬を制圧しようと考えていなくても、怒った口調で指示したり、無理やり何かをさせようとすれば、犬は飼い主さんに対して「恐怖」や「不安」を感じてしまうこともあります。
飼い主さんに期待感を持ってもらう
人をはじめとした動物の脳では、その個体にとって好ましい刺激(好気刺激)を受ければ脳内の報酬系神経回路が働き、嫌悪的な刺激(嫌悪刺激)であれば嫌悪系神経回路が働きます。報酬系神経回路が働くとき、脳の中ではドーパミンなどといった快楽物質の分泌が促され、快楽や喜びを感じることで意欲が向上し脳を活性化させます。
さらに、犬の報酬系神経回路は80%以上、嫌悪系神経回路は20%以下の割合であることから、犬は褒めることを中心にしつけた方が効果的です。そのため、犬が飼い主さんの言うことを聞いたときに適切に褒めてあげれば、犬は飼い主さんに対する期待感が増し、言われたことに対して意欲的に反応するようになるのです。
多くの飼い主さんが犬に癒しを求め飼育するようになり、単なるペットからコンパニオン・アニマル(伴侶動物)として家族同様に扱うようになりました。犬という動物を飼うことで癒しや安心感が得られるのは、犬は飼い主さんに対して従順で、強い忠誠心を示す習性があるからでしょう。
しかし、飼い主さんがその関係に上下関係ばかりを求め、力や体罰によって犬を制圧しようとすれば、犬は忠誠心を示すどころか飼い主さんの言うことを聞いてはくれません。飼い主さんが犬という動物をしっかりと理解し、犬の求めることを適切に提供してあげることで、犬は飼い主さんに対する期待感が高まり、従順で強い忠誠心を示すようになってくれます。