夏になると暑さ対策のためにと、普段トリミングしない犬種の愛犬を(愛猫も!)バリカンで刈り、「サマーカット」にする飼い主さんが増えてきますが、リスクもあることをご存知でしょうか。「皮膚と耳専門 ヒフカフェ動物病院 多摩川」(東京都大田区田園調布)の皮膚科獣医の小林真也先生と、トリマーの肥田沙織さんに、サマーカットによる皮膚や被毛への影響を聞きました。
<お話をうかがった先生>
2005年に北里大学獣医畜産学部獣医学科を卒業後、埼玉県内の動物病院で勤務。 北里大学附属動物病院で2年間研修医として勤務し、現在はウッディ動物病院(寒川町)と川畑動物病院(横須賀市)で 皮膚科を中心に診療する傍ら、東京農工大学皮膚科研修医として皮膚科学を学んでいる。
所属:日本獣医皮膚科学会、日本獣医がん学会、元東京農工大学皮膚科研修医
専門学校ビジョナリーアーツ卒業後、都内トリミングサロン・動物病院で勤務。hiff cafe tamagawa開設当初よりサロンマネージャーを務める。ドッググルーミングライセンスA級 取得。
過熱する犬のサマーカットの人気ぶり
昔からバリカン刈りの犬はたまに見かけましたが、最近では、動画やInstagramで多くのサマーカットの犬が投稿され、「サマーカット」という言葉も認知されてきました。頭としっぽの先だけフサフサとライオンのように毛を残すのは「ライオンカット」、ポメラニアンの頭部を丸く刈り、全身も短くするのは「柴犬カット」「たぬきカット」と呼ばれるなど、さまざまなスタイルが登場しています。
トリミングサロンでは、夏になると犬種問わず「サマーカットにしてください」というリクエストがとても多いそうです。最近では長毛種の猫(!)が顔以外を丸刈りされている例もあり、びっくりします。
肥田さんのお話では、犬種問わず要望されますが、ポメラニアンやロングコートチワワ、ロングコートミニチュア・ダックスフント、柴、コーギーなどが多く、中にはハスキー、ゴールデン・レトリーバーなども。
アンダーコートの厚い北欧スピッツ系(ポメラニアン、日本犬、コーギー、ハスキーなど)は、暑そうに見える気持ちはわからなくもありません。
飼い主がサマーカットを希望する理由を考えてみます。
●暑そうだから。
●毛に汚れがつきやすいから。
と、愛犬の体調を気遣ってのことが多いですが、中には、本音を言うと、
●毛の手入れが面倒だから。
●抜け毛が多く、掃除が大変だから。
●可愛いから。美容目的。
という、人間都合の理由も見え隠れします。
たしかにファニーな可愛さがあるのはわかります。しかし、そもそもサマーカットは本当に涼しいのか、健康被害はないのか、美容目的で動物に迷惑をかけていないのか。是非が問われていますが、実際のところはどうなのか気になります。
極端なサマーカットが皮膚や被毛に与える影響
サマーカットのリスクについて小林先生に伺うと、以下のような問題が起きる可能性があるそうです。
●刈った後に毛が生えてこない
「毛刈り後脱毛症がトラブルとして多く、バリカン後に毛周期※が止まってしまい毛が伸びてこなくなる可能性があります。どの犬種でも起こりうるのですが、実際のところポメラニアンに多く見られる印象があります。なぜか猫ではあまり見ません」と、小林先生。
※毛周期:毛が生えて成長し、抜け落ちるまでのサイクル
治療法はあるのか尋ねると「待つしかありません。被毛の成長や生え変わりへの関与が期待されるホルモン剤のメラトニンなどを投薬することもありますが、完治するかはわかりません」。
毛刈り後脱毛症では、アンダーコートが伸びてこないことが多いそうです。好発犬種はアンダーコートが豊富な北欧スピッツ系の犬が多いですが、もともとフカフカと毛量の多かった犬なのに地肌があらわになる姿は貧相に見えてしまい、残念です。またほかの犬種でも、生えてはきたものの、毛が硬くなるなど毛質に変化が起きることも。撫でたときの手触りが変わってしまうのを寂しく感じる飼い主さんも多いそうです。
●紫外線の影響をダイレクトに受ける
さらに実は熱中症の危険も高まります。「皮膚にダイレクトに紫外線を浴びると、皮膚の温度が上がります。すると体内に熱がこもります。統計があるわけではないですが、熱中症になりやすいといえます」。犬は、人間と違って発汗作用で体温の上昇を抑えることができないので、被毛がないと余計に熱くなるのです。
また紫外線を皮膚に直接浴びるということは、皮膚ガンになる可能性も否定できないとのこと。「犬の毛は、必要だから生えています」という先生の言葉が、シンプルながらすべてを物語っています。
●違和感からか、歩かなくなるケースも
トリマーの肥田さんたちは、サマーカットを依頼されたら、こうしたことをきちんと飼い主さんに説明するそうです。するとサマーカットにするのはやめる、と理解を示す飼い主さんも少なくありません。
でも、ほかの店のトリマーの話では、サマーカットにした後に、歩かなくなるコもいるそうです。小林先生曰く「理由はよくわかりませんが、チクチクするなど違和感があるのかもしれませんね。動かなくなるコは、たまに聞きます。チワワに多いような気がします」
●全身が虫刺されのターゲットに
そのほかに、普通蚊に刺されるときは、鼻の近くや耳など毛の短いところが狙われやすいのですが、丸刈りにしたら全身が虫に刺されやすくなる状態です。また、本人(本犬)はいつもの調子で、後ろ足で体や頭を掻き掻きしたつもりが、毛のクッションがないために爪痕(つめあと)が皮膚に残るとか、掻きすぎてしまうという例も。被毛は、虫刺されやケガから体を守ってくれる役目もしているのです。
ちなみに、短くしたからといって抜け毛が減るわけではありません。細かい毛がパラパラ大量に落ちます。
犬のサマーカット、メリットもある?
サマーカットにはリスクもあることはわかりましたが、反対にメリットはあるのでしょうか?
「日本には四季があり、湿度の高い梅雨もあります。皮膚炎を起こしたときには週2~3回の薬浴が必要なこともあり、そのような疾患のある犬の場合は、サマーカットはシャンプーしやすく、ドライもしやすいという利点はあります。また地肌が見えやすいと、発疹なども見つけやすい。総じてケアしやすいと言えます」と、小林先生。つまり獣医師の指示で、サマーカットが必要な場面はあります。
また、下の世話が必要な老犬や持病のある犬の衛生面を保つために、おしり周りやおなかの毛を短くするというのは有益とのこと。
「例えば、老猫が自分でグルーミングをしなくなり、毛玉だらけで皮膚炎を引き起こすくらいなら、全身バリカンはありえます」と小林先生。肥田さんも「丸刈りにしたくなくても、毛玉がひどい場合は、とにかく今の状態をリセットするためにバリカンをかけるしかないときもあります」と悲しそうに言います。
専門家が考える、犬にとって適切な暑さ対策は?
それでは、どのように暑さ対策をすればよいのでしょうか?
先生は「サマーカットにしても涼しくはならない。そもそも毛があるから熱中症になるわけではないんです」と、キッパリ。長毛種やダブルコートの犬種だからではなく、むしろ肥満の方が問題。毛の管理より体重管理が重要です。
また「なんで暑いの?」という根幹的な問いに立ち返る必要があります。
1.ブラッシングをこまめに行い、アンダーコートをしっかり取り除いていますか?
(換毛期にアンダーコートのケアをすれば、通気性のいい夏毛に替わる。あえてサマーカットにする必要はない)
2.夏場はエアコンをつけて、室温・湿度の管理をしていますか?
3.アスファルトの路面が熱い時間を避けて、散歩に行っていますか?
4.肥満になっていませんか?
上の4つのことを自問自答してみることが大切です。
昨今ではサマーカットのリスクは、獣医師もトリマーも理解している人が多いです。なのでトリミング前に、サマーカットのリスクについて説明して、飼い主さんに考え直してもらう努力を惜しみません。飼い主さんは、専門家のアドバイスに耳を傾ける姿勢も大事かと思います。
一方、もしもサマーカットを推奨するトリマーやトレーナーなどがいるとしたら、専門家として責任を持って正しい知識を学び、それを飼い主に提供することが求められます。
最後に、もし今すでにサマーカットにしているならどうしたらいいか、小林先生に教えていただきました。「屋外にでるときは直射日光に気を付けて、犬にTシャツなどを着せて、皮膚に直接紫外線が当たらないようにしてください」
被毛は大事な、自前のUVカットのラッシュガード※です。皮膚を無防備にしないように、飼い主さんの愛で正しく優しく包んであげましょう。
※rush guard:rushは医学用語で「発疹、かぶれ、吹き出物」、guardが「守る、保護する」