老犬介護ホームで暮らす犬たち。介護のプロに聞くシニア犬事情と介護のヒント

昨今では高齢犬を預かり、飼い主さんに代わって世話をしてくれるサービスも少しずつながら増えていますが、そうした中、犬の“介護”に特化した施設が福岡県にあります。高齢の愛犬を預ける飼い主さんにはどんな事情があるのか、そこから見えてくる介護生活との向き合い方は他人事ではありません。また、一般の飼い主さんでも介護をする際のヒントになるようなお話を含めて、『老犬介護ホームAzul(アスル)』代表の小野洋子さんにお聞きしました。

<お話をお聞きした方>
小野洋子さん

福岡県古賀市を拠点とする『老犬介護ホームAzul(アスル)』代表。動物保護活動に始まり、セラピードッグ活動(動物介在活動/AAA)、東日本大震災での保護活動などを経て老犬ホームにて高齢犬ケアに従事。様々なケースの犬を扱った20年以上(その数約150頭)の経験を生かし、少しでも介護生活に悩む飼い主さんたちの助けになることができればと2016年に独立、犬の介護に特化した『Azul』を立ち上げ、我が子のように親身なケアサービスを提供することで利用者の厚い信頼を得ている。
老犬介護ホームAzul(アスル)

 

愛犬の介護生活に行き詰まる飼い主さんたち

まず、下の写真をご覧いただきましょう。これはAzul(アスル)に預けられた犬たちです。老犬だからこその可愛さが漂っていると思いませんか?

まるでニコッと笑っているかのような表情が周囲の人を惹きつける
Azulでは犬をサークルに入れたままにしたり、夜間はカメラで監視したりというようなことはしていない。状況によってはスタッフが犬に添い寝をすることも。

Azulは古民家を改築した一軒家であり、犬たちは部屋の中や庭で思い思いに過ごしています。もちろん、自力で歩けない犬はスタッフの手を借りることになりますが。

これといった犬同士のトラブルもないようで、それは飼い主さんに大切に育てられてきた犬たちだからなのか、老齢ゆえに周りをさほど気にしないのか。老犬たちには相手を思いやる仕草が多々見受けられるといいます。そもそも、そうした愛犬をなぜ預けることになるのでしょうか?

寄り添って眠る老犬2頭
Azulに来るまで知らぬ同士の老犬たちが、仲良く寄り添って穏やかな時を過ごしている。

「飼い主さん自身の闘病生活や入院、高齢のために老老介護状態で世話を見きれない、高齢の親が亡くなり、飼っていた犬を残されたご家族では面倒が見られない、また、若い方であっても仕事で留守にする間、犬だけにするのが不安であるとか、介護生活に疲れ切ってというケースが多いですね。介護疲れに年齢は関係ありません。核家族化により、世話をする人が一人しかいないと、その分、負担が大きくなると思います。」(小野さん)

介護疲れがたまると、可愛くて仕方のない愛犬であっても、ついイラっとして手を上げてしまう飼い主さんもいるといいます。そんな自分を責め、悔やみ、さらに自分を追い込んで切羽詰まり、他人に愛犬を預けることにある種の罪悪感を覚えつつも、涙ながらに相談に来る人が多いとか。

「でも、最初は泣いていた飼い主さんも次に面会にいらっしゃる頃には驚くほど表情が明るくなっているんですよ。買い物にも行けない生活をしてきた中で、預けることによって少し気持ちにも余裕ができるのかもしれません。そういう姿を拝見していても、介護はある程度の余裕がないと続けられないと思います」(小野さん)

日向に当たる白い色の老犬
飼い主さんは定期的に面会に来たり、週末には連れ帰ったりする他、中には終末期に入るとAzulに泊まり込んで出勤し、最期を看取るという人もいるそうだ。

 

歩行困難や夜鳴き、寝たきりばかりではない老犬の症状

一方、預けられる犬たちにはどんな症状が多いのでしょう。上記の写真のような犬ばかりとは限りません。中には厳しい症状の場合もあります。

「歩行困難や認知症による夜鳴き、寝たきりはやはり多いです」という小野さんのお話ですが、下の動画のコの場合は、慢性腎不全の末期で尿毒症となったことから神経障害が起こった症状です。

この犬の場合(下の動画)、自分の前足を血が出るほど噛んでしまっています。
※音が流れます

また、一口に夜鳴きと言っても認知症と脳疾患、要求吠えでは鳴き方や顔つきも少々違い、脳疾患の場合は24時間続くくらい尋常でない鳴き方をすることもあるそうです。その他、腫瘍が自壊しているケースや、飼い主さんおよび獣医師と相談の上、ギリギリのところで安楽死を選択せざるをえないケースも…。老犬の症状、状態は様々です。

 

1頭1頭の状況に合わせたケアが必要

こうした個性も状況も違う老犬たちに対して、小野さんたちスタッフが1日の最初にすることは犬の目を見ること。それにより、ちょっとした異変も見逃さないようにしています。ここで、Azulではどんなケアがなされているのか、その一部を見てみましょう。

カートに乗って散歩する柴犬の老犬
「寝かせきりのままではいさせない」がAzulのモットー。天気がよければ寝たきりの犬であってもカートに乗せてお散歩へ。

「高齢になると頑固さも出るのに加え、その犬の好みや楽な姿勢もあり、また体の状況によって、中には同じ向きでないと落ち着かないケースもあります。床ずれは早ければ1日でできてしまうこともあるので、少しでも体の位置を変える工夫をしています」(小野さん)

以下の写真は、実際に取り入れている工夫の一部です。

ビーズクッションに顎を乗せる老犬
粒の細かいビーズクッションは体のラインに沿い、高さ調整もしやすいので体位変換ができない犬に使用。時々は本来の姿勢に近い体勢にしてあげると筋力維持にも繋がる。
高反発的の上で眠るコーギー
マットは体圧分散効果から床ずれによりなりにくい高反発マットを使用。通気性がよく洗濯も楽(右は内部)。床ずれがある時は部分的に低反発マットを使用することも。
子供用プールの縁に顎を乗せて眠るダックス
子ども用プールと高反発マットとの組み合わせ。小型犬ならば周囲のクッションによって転倒やケガの防止にもなる。

特に選択が難しいのは、歩行の介助補助具です。介助ベストや後肢アシストバンド、前肢アシストバンドなどタイプも様々あり、その犬にぴったりのものを選ぶのにAzulでも時間がかかることがあるというほど。市販品を購入するなら、本来、試着や調節ができるといいのかもしれませんね。

以下は車椅子のパターンです。

●二輪タイプ

二輪タイプの車いすに乗る老犬
車椅子を使用する場合、認知症がなく、前肢に筋力がある犬では二輪タイプが向いている。

●四輪タイプ

四輪タイプの車いすに乗る老犬
体の湾曲、認知症の進行で歩を進める認識がない、頭が極端に下がってしまうなどにより前肢を繰り出すのが難しい犬には四輪タイプの車椅子を使用。

●車輪を使わないタイプ

車輪を使わないタイプの立位補助具に乗るコーギー
こちらは車輪を使わないタイプの立位補助具。首の下には顎乗せクッションをあてがい、体の位置を保定している。

「それまで寝たきりであってもリハビリをして歩けるようになった犬は結構います。脊椎の損傷で病院でも歩くのは無理だろう…と言われた私の愛犬も、トレッドミルを取り入れたリハビリを半年間続けて今は歩けているんですよ」(小野さん)

どうしてそこまで回復できるのか?小野さんは犬の歩行介助をする時も、「こっち側にもう少し負荷をかけたほうがいい」と即座に判断し、それに合わせた介助をしているのです。実は、小野さんの娘さんには生まれもっての難病があり、幼い頃から歩行介助や車椅子、リハビリが必要な生活を送ってきただけに、そのポイントが経験からわかるようです。

歩行困難なケースと言えば、家庭での飼育スペースが狭過ぎて歩けなくなっている、また、床が滑るため歩きにくくなっているという場合もあるとのことなので、環境の見直しをしてみることも必要でしょう。

さて、次は、徘徊がある犬の対策例です。

以下の動画は、徘徊がある犬のための“くるくるマシン”。これは子ども用のブランコを改造した例です。疲れが見られたなら下ろしてあげるようにします。
※音が流れます

その他、食事の内容や回数、形状(飲み込みにくい犬にはとろみ剤を混ぜる)なども状況に合わせて対応。ドッグフードは様々な種類を用意し、時間をかけて調理した肉をトッピングするなど、それこそ1頭1頭の容態に配慮しています。

眠る老犬
食欲がないのではなく、口が開きづらく食事を摂取できない場合もあるので、よく観察するとともに、その場合には動物病院で相談することをお勧めする。

 

「最期を看取れるのは最高の幸せ」

こうして多くの老犬の世話をしてきた中で、「辛いことや難しいことは多々ありますが、それでも楽しくて幸せを感じるのがこの仕事です」とおっしゃる小野さんは、老犬介護についてこうアドバイスしてくださいました。

完璧を望まないこと。少しくらい汚れても、今は食べなくても、まぁいいか…くらいの大雑把さがあったほうがうまく続けられると思います。“しなければ”ではなく、“何ができるか”を考えること」

「確かにきついこともありますが、そのコにも若かった頃があり、楽しいこともたくさんあったはずです。出会うことができ、そして最期を看取れるのは、実は幸せなことなのではないでしょうか」

※音が流れます

Azulでは譲渡対象にはならない殺処分前の老犬を引き取り、“看取りボランティア”も行っています。動画の犬はその7頭目。
注:一般の人からの引き取りは一切行っていません。

笑顔で眠る老犬「君と出会えてよかったよ…」、愛犬を愛しいと感じる人は誰しもそう思うのではないだろうか。老犬介護生活は、それをもっとも強く感じる時なのだと思う…。
緑色の草が枯れ色になるように、生きているものはやがて枯れていく。「それでもどっこい、生きている。首が垂れちまったって、あと少しばかり、生きようぞ」

一つの小さな命と向き合うことの尊さと、そのコのあるがままを受け入れ、かつ諦めず、今をどう生きるか、今日をどれだけ楽しむか、その想いを胸に日々老犬たちと向き合う。そんなAzulを利用し、犬生を全うした犬の飼い主さんからは、「ありがとう」という言葉や手紙が寄せられることが多いそうです。きっとそれは、それぞれの愛犬へ向けた言葉でもあるのでしょう。それを改めて感じさせてくれる“時間”が、Azulには流れています…。

写真・動画提供/老犬介護ホームAzul(アスル)
※犬たちの写真・動画はそれぞれ飼い主さんの許可を得て掲載しています

老犬介護ホームAzul(アスル)
24時間スタッフ常駐。かかりつけの動物病院に加え、夜間救急動物とも連携をとっており、症状の急変にも対応が可能。一時預かり~長期・終生預かりまで。介護相談にも応じており、送迎サービスもある。
▶ホームページ老犬介護ホーム Azul(アスル)

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<関連書籍>
小野さんの娘さんと愛犬たちとの物語はこちらの本で紹介されています。

りーたんといつも一緒に 難病「脊髄小脳変性症/アプラタキシン欠損症」と闘う少女と彼女に寄り添う犬たちの物語

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大塚良重

犬もの書き、愛玩動物飼養管理士、ホリスティックケア・カウンセラー 雑誌、書籍、Web、一般誌などで執筆を続けて20年以上。特に興味があるテーマは、シニア犬介護やペットロスをはじめとした「人と動物との関係性」。昨今は自身が取材をお受けすることも増えており、読売新聞、毎日新聞、サンデー毎日、クロワッサン、リクルートナビなどの他、ラジオ出演、テレビ番組制作協力なども。自著に、難病の少女とその愛犬の物語『りーたんといつも一緒に』(光文社)がある。一度想うとどこまでも、愛犬一筋派。 ▶主な著書: 『りーた…

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