老犬介護体験談|20年前と今。できる範囲で楽しく、充実した時間を。

犬の寿命も延び、介護のケースも珍しくはなくなっています。しかし、老犬介護が注目されだした20年ほど前は世話の仕方やグッズ、サービスはおろか、医療面においてさえ情報が乏しい時代。そんな中、手探りで愛犬の介護をしながら、生活の様子や工夫などを積極的に発信していた人たちがいました。そのお一人で、かつ、現在も愛犬の介護生活にある飼い主さんに経験から生まれたお話をお聞きしました。

<お話をお聞きした方>
レディのママさん
愛犬レディ(シェットランド・シープドッグ)の1年2ヶ月におよぶ介護生活の中で様々なオリジナル介護グッズを工夫。自身の心理面も含めたウェブ介護日記は多くの人の目に止まり、NHKの取材を受けた経験も。現在はエリー(シェットランド・シープドッグ、メス、16歳8ヶ月)、ヴィヴィとジュリア(ともにカニンヘン・ダックスフンド、メス、14歳3ヶ月と13歳2ヶ月)の3頭の犬と暮らす。

 

寝たきりでもないのに、床ずれが…

病気らしい病気もしたことがなかったレディが変調を見せたのは16歳半の時。昼間、ごくたまに同じ場所でクルクル回ることがあり、動物病院で診てもらうと、「徘徊でしょう」と言われたそうです。しかし、目に力もあり、意識もしっかりしていて、「当時はピンときませんでした」とレディのママさん。

ところが、それから10ヶ月後のこと。仕事から戻ったレディのママさんが目にしたのは、起き上がれずに倒れているレディの姿でした。よく見ると左側の腰骨辺りの毛がフェルト状になっており、皮膚が化膿していて、病院で患部を切除となりましたが、いわゆる床ずれができていたのでした。留守番中、レディは起きられずにパタパタもがいていることがあったのでしょうか。寝たきりでなくとも、床ずれができることもあるということでしょう。その日から、レディの介護生活が始まりました。

介護が始まったばかりの頃のレディ。「犬の介護は初めてで、情報もあまりなく、とにかく何をどうしたらいいのかわからない状況でした」(レディのママさん)

 

日々変化していく老犬に合わせ、「介護服」を手作り

レディのママさんがレディのためにまず用意したのは、得意の裁縫を活かした床ずれの傷口を保護するパンツでした。

「しかし、それだけでは足りません。介護生活が長引けば長引くほど、老犬の様子は日々変化していくので、その時々に合わせた物や対処が必要になってきます」(レディのママさん)

下の写真はレディの変化とともに、レディのママさんが改良を重ねた介護服です。

①内側にポケットを作り、ガーゼを入れて床ずれを保護するパンツ。②パンツだけでは滑るため、上着を作ってパンツの中に入れ、滑り止めに。③上着とパンツの一体型へ。

介護生活が始まって2ヶ月も経つと、反対側の腰にも床ずれができるようになりましたが、寝ている時に体位変換させる程度の介護レベルで、立てさえすれば自力で歩けたレディでした。しかし、半年後には突然の痙攣発作を起こし、左顔面が麻痺した状態に。それを機に、介護生活も本格的となり、介護服も進化します。

④発作が出てからは補助をするための持ち手を付けた服に。⑤おもらしをするようになり、ナプキンの取り出し口を付ける。⑥オムツが必要になるとパンツ部分をカット
血流も悪くなり、脚が冷えることが発作の引き金になった可能性もあり、以降は保温と床ずれ予防に靴下もはかせた。脚に冷えがある時にはマッサージやドライヤーの熱で温めることも

参考までに。レディのママさんは同じ介護生活にある知人の犬のためにも補助グッズを制作しています。同じ歩行補助具でも、症状や性別によって一つの物が他の犬にも合うとは限らないという例になります。

知人の愛犬のために作成したグッズ。左はズボンのように後肢にはかせて吊り上げるタイプでオス犬用。右は帯状にした布にタオルを巻き、中心には補強用の芯が入っている

 

ある物で代用、徘徊にはお風呂マットを連結して対応

その後、レディは発作や下痢を繰り返すようになり、徘徊も増えていきます。獣医師によると「脳梗塞かも」とのことでしたが、高齢ゆえ、検査をすることもはばかられました。

レディの場合、徘徊時には時計周りに歩くのに対して、発作が出る前には反対周りになったようですが、その予兆に注意をはらっているだけでも心穏やかではなかったでしょう。発作が出れば一瞬呼吸が止まることもあり、のけぞるレディの体を叩いて呼吸を戻します。徘徊が始まるとご主人、娘さんともに家族3人交代で歩くレディに夜中から朝まで付き添うことも珍しくなかったといいます。レディのママさんは仕事を辞めざるをえなくなっていました。

しかし、常時つきあっているわけにもいかず、そこで思いついたのがお風呂マットを連結させたサークルでした。

必要な分をガムテープでつなぐことでサークルにもなり、家具や柱の前に置いてケガ防止にも使える。状況が変わっていく中、カンタンに手に入る物で工夫した例
レディに流動食が必要になってからは、シリンジよりもハチミツの空容器のほうが使い勝手がいいことに気づいたそう(犬のサイズや状況によって個体差はある)

 

介護に懸命になりすぎて、自分を追い込んでしまうことも…

レディは一進一退を繰り返し、一時は生気のある表情に戻り、徘徊も少なくなったものの、最終的にはほとんど寝たきりに。

「徘徊であれだけ歩くんだから、外に出てみれば?」という娘さんの言葉にハッとし、しばらく休んでいた散歩に出てみると、疲れて寝ることから徘徊が減ったとか

「当時は藁をもつかむ思いで、とにかくなんとかしなきゃといろいろ試行錯誤し、死なせちゃいけない、生きていて欲しいという気持ちが先だったと思います。出口のない暗いトンネルに入り込み、レディが逝ったら自分はどうなるのかと不安にも苛まれて、一生懸命になればなるほど自分を追い込んでいたのでしょう」(レディのママさん)

ある日の日記には、ほぼ1時間おきくらいにレディの世話をする様子が記されており、それこそ眠る時間もない生活。そこまでレディとの濃密な時間を“共有”しているレディのママさんを心配した獣医師が、ペットロス予防も兼ね、新たな犬を迎えることを提案するほどでした。

「自分も年を重ねて思うのは、当時は一日でも一緒にいたいという自分のエゴもあったということです。自分が寝たきりで延命治療が必要になったとしたら、私はその処置を拒否するでしょう。静かに逝かせて欲しい。食べたくもないのに流動食を無理に流し込むより、レディにもそうしてあげたほうがよかったのかもしれないと今は思っています」(レディのママさん)

日記の中には、「レディが、“もういいでしょ?”と言っているように思えた」という一文もあり、やがては逝く日を目の前に、揺れるレディのママさんの心情が伝わってきます。

「前のコにできなかったことを今のコにしてあげたい。それがかえって負担になることもあると思います」(レディのママさん)

 

犬も人も楽に暮らせるための介護グッズ

レディは18歳6ヶ月で天寿をまっとうしました。現在はエリーに老犬性突発性前庭疾患によるふらつきと嘔吐に腎不全、ジュリアには首のヘルニア、ヴィヴィには気管虚脱によるひどい咳があり、3頭ともが心臓疾患もあるという注意を要する状況です。

介護グッズも多少変化しました。レディの時にはお風呂マットで囲んだ範囲が広く、時に足がもつれて倒れてしまうこともあったのですが、エリーの場合はケージに入れることで、逆に狭い分、倒れようにも倒れずにいられるそうです。

ここで、レディのママさんが現在、実際に工夫している介護グッズをご紹介しましょう。

●ケージ内のクッション

①半分にカットした高反発マットを二つ折りにして手製のカバーに入れ、②その上に人の介護用防水シートを。③古タオルを筒状に縫い合わせた中に綿を詰め、必要な個数分作る。
防水シートの上に毛布やタオルケットを敷く。上写真③で作ったものを筒状に縫った布の中に詰め込んでクッションに。小分けなのは洗濯を楽にするため。3頭とも呼吸が苦しくなることがあり、周囲のクッションが顎乗せになって、少し楽になるようだ。
ケージは木製デスクの下に収められており、上から物が落ちても多少防げるよう、災害対策も兼ねている。

●歩行の補助バンド

エリーにふらつきが出てすぐに作ったのが①の歩行補助バンド。古タオルを中合わせにし、綿テープを縫い付けたのみ。これではずれるので、さらに胸にかけるテープを足したのが②③。

●食器台

①はレディ、②はエリー。現在は床の上と食器の下に滑り止めのマットを敷き、水入れも木枠で固定。滑る床に食器が置いてあると、前脚が踏ん張りきれず食べられないという例はあるので、滑り止めマットは大事。

 

●簡易酸素室

右は酸素濃縮器。一時、ヴィヴィとジュリアが呼吸異常で危険な状態に陥ったため、急な発作に備えて。呼吸が苦しい時には左の簡易酸素室に入れるそう。

●簡易トイレ

プラスティックダンボールで作った簡易トイレ。「要介護となってからトイレの度に外へ連れ出すのはたいへんなので、室内でトイレができることは大切だと思います」(レディのママさん)

●スロープ

歩き方がふらつくエリーのために、テラスから庭に出る段差もスロープ状に作り替えた。すべてご主人の手作業。

 

今は、自然に穏やかに逝かせてあげたいと思う

現在は3頭分の医療費がかかるためにレディのママさんは仕事を続けていますが、レディの経験を経て、今の生活の中で無理し過ぎずに、日々過ごしていきたいとおっしゃっています。

「エリーたちにはレディのような過度な処置はしないで、できるだけ自然に、穏やかに逝かせてあげたいと思っています」(レディのママさん)

老犬介護は言わば死と向き合う時間。留守中の様子は心配な反面、命にはそれぞれの“終焉の時”があると考えると、暗いトンネルに入り込むより、その時々の状況でできる範囲のことをし、一緒にいられる一瞬一瞬を楽しく、充実した時間を過ごせるほうがいいと考えるようになったそうです。一つの命を見送ったからこそ、捉え方も変わり、もっと広い目で見られるようになったのかもしれませんね。

そして、「レディが逝った後の喪失感を知っている分、ごはんを残さず食べてくれること、すやすやと眠っている姿、ただそばにいてくれること、そんな些細なことがとても嬉しく、幸せを感じます」とも。

老犬介護生活は“たいへん”や“辛い”に目が行きがちですが、実は、幸せという宝箱がそこここに隠れている。それを見つけることができるかどうかは、飼い主さん次第なのでしょう。

大塚良重

犬もの書き、愛玩動物飼養管理士、ホリスティックケア・カウンセラー 雑誌、書籍、Web、一般誌などで執筆を続けて20年以上。特に興味があるテーマは、シニア犬介護やペットロスをはじめとした「人と動物との関係性」。昨今は自身が取材をお受けすることも増えており、読売新聞、毎日新聞、サンデー毎日、クロワッサン、リクルートナビなどの他、ラジオ出演、テレビ番組制作協力なども。自著に、難病の少女とその愛犬の物語『りーたんといつも一緒に』(光文社)がある。一度想うとどこまでも、愛犬一筋派。 ▶主な著書: 『りーた…

tags この記事のタグ