犬は最も古く家畜化された動物であり、人類最良の友として長い間生活してきました。
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人間とともに生活するようになった理由は多数ありますが、たくさんの指示を覚えたり、牧羊や護衛、狩猟など人間の生活を様々な面でサポートしてきたその「賢さ」が関係していることは誰も疑うことはないでしょう。ただし、その賢さや優れた能力ゆえ、時にはポテンシャル以上のことを求められ、ちょっと損をしている動物でもあるのではないでしょうか?
犬はどれだけ賢いのか?
賢い犬といえば、優れた嗅覚で対象者の移動した経路をたどる足跡追及を行う警察犬や、臭いを頼りに瓦礫に埋もれた人を探し出す災害救助犬として活躍するジャーマン・シェパードを筆頭に、盲導犬に用いられるラブラドール・レトリーバー、アジリティやドッグダンス、ディスクなど様々な競技で活躍し、賢い犬の代名詞として挙げられるボーダーコリーが思い浮かぶでしょう。
ボーダーコリーはなんと1,022個もの単語を覚えた記録を持つほど優れた能力を持つ犬種です。
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写真協力:株式会社ヒーロー
この記録は文字通り桁違いに素晴らしいものですが、一般の犬でも約200単語を覚える事ができるとされており、その賢さは人間の2~3歳児程度に相当するといわれています。また、世界中にある病気で倒れた主人を救ったり、飼い主を暴漢から守ったなどといったエピソードも「犬は賢い動物だ」という証に一役買っているでしょう。
脳の構造から見る賢さ
さて、散々賢い動物だと書いてきましたが、「賢い」とは辞書によると「頭がいい」、「利口だ」、「知能に優れる」などとされ、何を持って賢いというかの定義は曖昧なものです。また、言語能力は高いが数学的能力は低いなど、一側面だけでは語れないものでもあります。
「賢さ」の一つの指標として脳の解剖学的見地からみてみましょう。脳はその部位によってそれぞれ役割が異なりますが、そのひとつに大脳皮質という部分があります。
中でも大脳皮質の前頭前野という部分は思考や感情の制御、理性的な判断といった意志決定に関係する高次(難しいことをする)機能を司っており、高度な脳活動に欠かせない部分です。
前頭前野(下図の斜線部分)が大脳皮質に占める割合は、人間で29%に対して犬は7%と、人間が著しく発達していることがわかります(サル:11.5%、猫:3.5%)。
構造的に見れば、犬に欲求の我慢や人間と同様の理性的な判断を求めるのは非常にナンセンスで、人間の「賢い」というものさしで計ると犬は少々可哀相といえるでしょう。
人間のシビアな評価ゆえ…
また、人は子犬にも成犬同様の賢さを求めてしまう傾向にあるように感じます。子犬の飼い主さんによくある、破壊行動やゴミ箱を漁り望ましくないものを口にするといった相談ですが、例えば、人間の乳児は5ヶ月頃から物の安全性にかかわらず、何でも口に入れるようになります。このとき、親は危険なものを口にしないように物を片付けるか、ベビーゲートなどでそもそも近づけないように対処します。
手が人間ほど器用ではない子犬は、人間以上に口に依存します。にもかかわらず、子犬の場合は適切な対処はせずに、誤って(子犬はそう思っていませんが)口に物を入れて怒られてしまうことも珍しくありません。成犬になっても人間の2~3歳相当の賢さで、脳の構造的に見てもそれほど多くは求められず、ましてや、成犬ほどの能力を期待できるはずもない1歳未満の子犬であるのに、です。
トイレトレーニングに関していえば、人間より体の成長が早く、コミュニケーション手段としておしっこを用いる犬は排泄のコントロールが比較的得意であるといえます。とはいえ、生後半年程度ではまだまだ膀胱の筋肉も未発達で体積も少ないため長時間は我慢できず、興奮したりすれば漏れてしまうこともあります。それなのに生後半年ほどで完璧を求められるのは非常に酷ではないでしょうか?
もちろん半年ほどで覚えられる犬もいますが、トイレトレーニングは1歳前後までにできればいいという人側の余裕が必要です。人間は3~4歳程度でおむつを卒業します。それに比べれば犬のほうがずっと早く、賢いではありませんか!
「賢いからなんでも教えればいい」ではなく、「賢いけれどもそもそも人間とはちがう」、「万能ではなく、できることとできないことがある」、つまり犬は犬であると割り切ることが、互いの幸せの秘訣であるといえます。