そのトレーニング方法、本当に愛犬に向いてる?|ドッグトレーナー連載

犬になにか覚えてもらう(新しい行動を学習してもらう)時、多くの場合、「正の強化」を用います(詳しくは「犬の困った行動をなくすには根気が必要!その科学的な理由」参照)。ただし、正の強化はやってほしい行動をした時に犬にとって良い結果(オヤツや遊びなどの動物の本能的な欲求を満たす事や物:強化子)が与えられ、その後、良い行動が増えることですから、多くの場合、やってほしい行動を引き出す為、人間は様々な工夫をしなければなりません。

覚えてもらうには工夫が求められる

動物の行動を引き出し、なにか覚えてもらう工夫にはいくつか方法があります。例えばおすわりを例にとってみると、手に持ったオヤツの匂いを嗅がせながら犬の後方に手をずらしていき、オヤツの匂いにつられた犬が地面にお尻をつけた瞬間に褒めるという方法もあれば、犬のお尻を押し、座れば褒めるという方法もあります。

また、あえて犬がやってほしい行動をとるまで待ち、やってほしい行動をしたら褒める「フリーシェーピング」という方法もあります。おすわりで言えば前述のオヤツを追わせる、お尻を押すなどは一切せずに、犬自身がおすわりするまでひたすら待つというものです。この方法は犬に何かするように強制することなく、犬自身に考えさせ、自発的にとった行動を褒めていくため、ストレスフリーな方法とされ人気です。 お座りし頭を撫でられるダックスフント

また、複雑な行動を教える場合、段階的に目的の行動に近づける「逐次接近法」という方法を用いることがあります。例えば、手をより高く上げるといった動作を犬に教える場合、まず1cmでも手が上がれば褒めるということをします。そして、次は1cmしか上がらなかったときは褒めず、2cm上がった時に褒め、そしてその次は3cm上がった時に…といった具合に一歩進んだ段階をピックアップして褒め、徐々に目的の行動に近づけていくことをするのです。

飼い主を見つめ手を上げる柴犬

一気に難しいことを要求されるわけでなく、段階的に正解を知らせていくため、複雑な行動を教える場合によく用いられ、犬にわかりやすく効率よく新しい行動を学習させる手法とされています。これらの手法を組み合わせ、逐次接近法を用いたフリーシェーピングは犬に無理強いすることなく、考えさせる方法として人気です。
 

工夫を科学的に解釈すると

「消去」は今まで行動し報酬がもらえていたにもかかわらず、同じ行動した後に報酬がもらえなくなることです(詳しくは「犬の困った行動をなくすには根気が必要!その科学的な理由」参照)。「逐次接近法」は動物行動学的な表現をすると「消去(強化子をあげない)」と「強化(強化子を与える)」を繰り返す学習です。
前述の手を上げることを例に挙げると、手を1cm上げることを強化した後、次のステップとして2cm上げたことを強化し、1cmしか上げないことは消去していくということになります(先程まで強化子を得られていたステップで得られなくなるので消去)。では、なぜ2cm手が上がる行動が出るのでしょうか?
手を上げる白いトイプードル

手を高く上げる白いトイプードル
勘の良い方ならもうお分かりかも知れませんが、一歩進んだ反応・行動が出るのは消去に伴う「行動の頻度や強度、持続時間が増大する」という消去バーストなのです。つまりフラストレーションを抱えた結果、消去バーストにより「反応強度が増加」することを利用するのです。一見何かするように強制することのない逐次接近法を用いたフリーシェーピングですが、フラストレーションという、言ってみればある種のストレスの下に成り立っているのです。
 

徐々に難しくすることにも注意が必要

逐次接近法やフリーシェーピングは有用な方法ですが、一足飛びにレベルを上げて犬にわかりにくくしてしまったり、自発的にやっていることだからストレスはかからないはずと盲目的に信じ込んでしまえば(例えば長時間トレーニングするなど)、犬に優しいとされる方法もそうではなくなってしまいます。
何かを見つめながら伏せるミニチュアシュナウザー犬
だからといってもちろん逐次接近法やフリーシェーピングを用いたトレーニングをやめましょうということではありません。言うまでもなく、ストレスがまったくないというのは非現実的で、生きていれば少なからずストレスを受けますから、経験を積み重ねストレスに強くなる必要もあるでしょう。
 

ワンちゃんの感情を読み取り、ふさわしい方法を選択しよう

かわいいワンちゃんに対し、すすんで脅しをかけ、何かを覚えさせたいという飼い主さんはいないでしょうし、福祉的な観点からも、犬に痛みや恐怖を与え何かを身につけさせる方法は避けられるべきです。

しかし、人間で言えば目的地に到達するために様々なルートが存在し、利用する交通手段も電車やバス、タクシー、徒歩などその人の年齢や健康状態など現状にあったものを選択するように、場合によってはお尻を押すなど(もちろん痛みを与えないよう強さは気をつけなければならないもの)のヒントを出して身につけてもらう方が向いている犬もいます(しかし、悲しいかなこの方法はお尻を無理やり押すというイメージが先行し、あまり好まれる手法ではありません)。
お座りをするヨークシャーテリア
少しマニアックなお話になりましたが、大事なことは手法論の表面的なイメージではなく、耳や口などの表情や姿勢などから犬の様子を見極め、その犬にあった対応をとることだと思います。

三井翔平

ドッグトレーナー(スタディ・ドッグ・スクール所属)、学術博士、国際資格 CPDT-KA(Certified Professional Dog Trainer - Knowledge Assessed) 麻布大学大学院獣医学研究科博士後期課程にて犬と人のコミュニケーションに関する研究を行い博士号を取得。その後 ドッグリゾートWoof 専属チーフドッグトレーナーを務め、日本テレビ系「ザ!鉄腕!DASH!!」のダメ犬・デブ犬克服大作戦をはじめとしたTV番組にも出演。現在はスタディ・ドッグ・スクールを拠…

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