前回、犬について調べた新しい研究結果をもとにオオカミと犬の違いについてお伝えしましたが、犬という動物をより詳しく知るため、現在オオカミにも再びスポットライトが当たっています。今回はオオカミや犬の「群れ」について調べた研究から、過去の通説の誤解についてお伝えしていきます。
そもそもオオカミはどんな動物なのか?
一般的にオオカミというとタイリクオオカミ(ハイイロオオカミ)のことを指します。タイリクオオカミは多くの亜種に分けられ、地域ごとに若干の差はあるものの、雌雄ペアとその子どもからなる概ね10頭前後の群れを形成して生活しています。野生下であればそのなわばりは大変広く、1500km2=東京ドーム30000個分!に及ぶこともあるそうです。
偏見に満ちたオオカミへの理解
「ボスオオカミが群れを支配している」誰もが一度は耳にしたことがあるオオカミの習性ですが、これは飼育下のオオカミの観察研究から明らかにされました。観察からわかったことは、オオカミは激しい敵対行動後に性別ごとに階段的な序列が作られるというものでした。そして雌雄のアルファと呼ばれる、いわゆるボスオオカミはこの群れの構造を維持するために力を使った攻撃行動で序列を維持するとされました。
この考えは犬のしつけやトレーニングの現場にも応用され、飼い主は飼い犬の上に立つことで犬が指示をきくとされてきました。
しかしながら、そもそも支配的な階級制が見られたのは飼育下の限られたスペースと資源という歪な環境です。野生下の調査などの研究が進むに連れ、オオカミの社会構造はどうやら今まで考えられていた一方向の直線的なものではなく、今までボスと称されてきた個体は、あくまで年齢的な理由から経験面や肉体的な面で優位に立っているため群れの行動に影響を及ぼすことが多いリーダーという立場で、その関係は比較的柔軟である事が分かってきました(Packard 2003)。
現在ではこの「支配的な序列」の考えは「家族」といった考えに修正されてきています。もちろん優劣関係がないわけではありませんが、下位オオカミが常に上位を狙っているギスギスしたものではなく、基本的には平和で、親和的な行動や協力することが大半を占めるのです。つまり我々が一般的に信じてきたものは一側面を拡大解釈した誤った理解だったのです。
一方、犬は?
一方、犬の社会は例えば「野犬の群れでは複数の繁殖ペアにより編成され、互いに比較的寛容である」(Cafazzo, et al., 2010)、「野犬の群れにはリーダー格なる犬がいるが、群れ行動のイニシアチブをとる確率が高いだけであり、絶対にその個体に従うということではない」など、オオカミと比べるまでもなく、今まで考えられていたものより緩やかな群れ構造をしている事がわかっています。なかには群れを組むこと自体しないという研究者もいます。
力や恐怖は必要ない
オオカミですら力を誇示するだけの支配的な関係を築く事はありません。ましてや犬の場合はオオカミよりももっと寛容。つまり、人間が群れのボスになるために力を使い犬に絶対服従を要求するという考え方自体が、全く科学的な根拠がなく、非常にナンセンスなことなのです。それどころか力や体罰によるしつけは、問題を悪化させる(Yin, 2007; Herron et al., 2009)事がわかっています。
そろそろ我々は犬との付き合いに主従関係や上下関係を求めることを本気で捨て去る時期が来たのではないでしょうか?