生まれつきの犬の「遺伝病」。交配前の遺伝子検査で不幸なコを減らそう

病気には、いろいろな種類があります。生まれたときからある「先天性」のもの。生まれたあとに環境要因などでなる「後天性」のもの。そして、先天性の病気の中には、大きく2タイプあります。

ひとつめは、たまたまそのコだけ、受精卵の発生や発育途中でアクシデントが起きてしまい、骨格や内臓の機能に未発達や奇形などが起き、異常があるもの。原因不明のものや、胎児のときに母犬が薬物などを摂取したために起きることがあります。

ふたつめは、「たまたまそのコだけ」ではなく、両親犬やおじいちゃん犬、おばあちゃん犬、おじちゃん犬、おばちゃん犬など、親戚一同の中にも多く発生している病気。つまり「遺伝性」の病気です。病気になる遺伝子を持った犬の繁殖によって、病気が先祖代々つながって発症していきます。「遺伝病」とか「遺伝性疾患」と呼ばれます。

とりわけ犬に遺伝病が多いのはなぜ?

遺伝病は、犬にもヒトにも猫にも馬にも、どの動物にもあります。その中でも、ニンゲンが美しさや能力などを重視し、商業的に大量に繁殖をさせることが多い犬は、とりわけほかの動物に比べて遺伝病が多いそうです

競走馬も、ニンゲンによる品種改良、血統管理、繁殖管理されている動物で、より速い、より強いウマが求められます。血の濃い順に「インブリーディング」「ラインブリーディング」「アウトブリーディング」と言われ、いかに優秀なウマを作出するか熟考されます。でも、ただ速いだけではダメ。速くて、強くて、健全であることが求められます。「健全であること」、これがすごく重要です。裏を返せば、骨関節や筋肉や靱帯が健全なウマは速く、美しい走りができ、内臓が健全なウマは持久力もあると言えます(これは犬でも同じ)。

海辺に群がる5匹の猫

かたや日本のネコは、都会を除いて、幸か不幸か自由恋愛で交配しているので、遺伝子の多様性があります。中には遺伝性の病気の遺伝子を持つ親猫もいるでしょう。しかし致死性の病気や、自らの力で生き抜いていくことのできない虚弱な病気を持って生まれてきた猫は、おそらく自然の摂理で淘汰されていくと思われます。強い、元気な遺伝子が残っていきやすいのです。

では、犬の繁殖はどうでしょうか。そもそも犬種(純血種)を固定する段階で、似たような姿や気質の親戚(血縁)同士を選んで交配させていくインブリーディングを経てきています。犬種改良の歴史が長く、ニンゲンが繁殖管理してきた犬種ほど、遺伝子の多様性は失われがちです。つまり血が濃いわけですが、そのパーセンテージは競走馬の比でなく、近親交配が行われているとのこと。そのため遺伝子の欠陥を持った犬が生まれやすくなっています(純血種の猫も、犬と同じような問題がすでに起きています)。

病気になる遺伝子は一生変えられない

犬種ごとに「なりやすい病気」がありますが、それが体質的なものならば、食事や環境などを工夫し、なるべく発症しないように飼い主が努力すれば回避できることもあります(ガンやアレルギーなど)。しかし、飼い主がどう頑張っても、発症する遺伝病もあります。投薬や手術で治すことのできない病気もあり、一生付き合っていくか、あるいはそれで死ぬしかないのです。

たとえば、生後5ヵ月くらいから神経症状がでて、1歳くらいで死んでしまう柴犬の「GM1ガングリオシドーシス」。古来より日本にはたくさんの柴犬がいるのに、近年急に聞くようになった遺伝病です。昨今の柴犬ブームが影響し、柴犬の繁殖数が増大したことに起因しているのかもしれませんが、日本犬を代表する親しみある柴犬に、こんな致死性の遺伝病が蔓延しつつあることは非常事態です。

GM1ガングリオシドーシスを患い犬用歩行器に乗る柴犬さくらちゃん
同じGM1ガングリオシドーシスで先に亡くなった、別の柴犬の飼い主さん手作りの犬用歩行器を贈られ、初乗りしたときのさくらちゃん

 

致死性の柴犬のGM1ガングリオシドーシス

この病気について、飼い主さんの率直な気持ち、悲しみ、戸惑い、苦しみを綴ったブログ「でこぼこのブログ〜難病と闘う柴犬さくら」は反響が大きかったので、ご存知の方もいるかもしれません。余命を宣告され、介護を続けながらも、きょうだい犬を探し(同胎は3頭とも発症)、親子鑑定の遺伝子検査をしたらなんと血統書に書いてある親犬が違っていた(ずさんな血統管理)ということも判明し、繁殖屋、血統書発行団体、ペットショップの暗部をあぶり出しました。さくらママさんの執念に近い想いは、それだけ愛犬への強い愛情があってのことだと思います。

遺伝病GM1ガングリオシドーシスと闘う柴犬さくらちゃん
1年とちょっとの短い犬生の後半は寝たきりになったさくらちゃん。犬も辛いが、飼い主も辛い。

残念ながらさくらちゃんは、今年の1月18日に亡くなりました。1歳3ヵ月と22日の短い犬生。若すぎる死です。さくらちゃんは、犬生で2回目のサクラを見ることもできませんでした。子犬を迎え、今から楽しいドッグライフを過ごすはずだった家族の方の胸中を思うと、なんて惨い仕打ちなんだと思わずにはいられません。

しかし、さくらちゃんちが闘った結果、正しい血統書が再発行されたり、ペットショップがこれから繁殖者に対して遺伝子検査の奨励(できれば義務になればベスト)をするような動きが出てきました。柴犬ファンシャー(愛好家)の愛の強さが、世の中を動かしたのです。

自分の好きな犬種に多い遺伝病は何か?

GM1ガングリオシドーシスは柴犬に多い病気ですが、そのほかにも、コーギーやシェパードに多いDM(変性性脊髄症)、ボーダー・コリーに多いCL(セロイドリポフスチン症)やTNS(遺伝性好中球減少症)、トイ・プードルやコッカー・スパニエルなど複数の犬種に多発するPRA(進行性網膜委縮症)、コーギーやドーベルマンなどこちらも複数の犬種にでるVWD(フォンウィルブランド病)、犬種問わずでる遺伝性てんかん症や停留睾丸、多種の心筋症、小型犬に多いパテラ(膝蓋骨脱臼)、レッグペルテス症(大腿骨頭壊死症)、免疫介在性溶血性貧血など、書ききれないほど多数の遺伝病があります。

遺伝病DM(変性性脊髄症)と闘うジャーマンシェパードのきょうだい
ジャーマン・シェパード・ドッグの同胎犬。7頭うち、行方を把握していたのが6頭で、そのうち4頭がDM(変性性脊髄症)を発症。2005年生まれの彼らのときは調べようがなかったが、2012年からDMの遺伝子検査が可能に。これからは発症犬をださぬよう親犬の検査が望まれる。

まずできることとして、愛犬や自分の好きな犬種の遺伝病について調べてみてください。今はネットで検索すれば、多数でてきます。たとえば「トイ・プードル 遺伝病」などと検索すれば、驚くほどの数がヒットします。

ついでに言うと「デザイナードッグ」などと呼ばれる一代雑種(トイプードル×マルチーズのマルプーや、トイプードル×ミニチュア・ダックスのダップーなど)も、両親犬から遺伝子を引き継いで生まれてくるため、同じように遺伝病になるので油断はできません。

遺伝子検査でリスクを回避できる病気もある

検査できるのは遺伝病の一部ではあり、かつひとつの遺伝子だけで判断できる狭い意味での遺伝病は、複数の遺伝子や環境因子が関わる病気(股関節形成不全症など)と比べれば、絶対的に少ないそうです。なので、すべての遺伝病のリスクを完全に排除することは不可能に近いといえますが、今の獣医学でできる範囲のことは、やれるだけ全部、正確にやるべきでしょう。

たとえばいちばん単純な例ではありますが、仮に遺伝子検査でわかる病気なら、父犬、母犬を交配前に遺伝子検査して、キャリア(保因犬)の犬ならば、交配相手を十分に検討する必要があります。アフェクテッド(必ず発症する犬)であれば、交配のラインからはずすことにより「特定」の遺伝病を回避できます

しかし、病気の種類や犬種、性別、遺伝子プールの具合などにより繁殖計画の「正解」はひとつではありません。「健全性」とは、肉体面だけでなく、気質や作業特性などの精神面、内面的な才能も守っていくことを考えねばならないからです。よけい難題です。遺伝のこと、繁殖のこと、犬質のこと……考えれば考えるほど、複雑で難しく、非常に多面的で長期的な見極めが必要で、頭が混乱してきます。とても素人にできるものではありません。

ラブラドールレトリーバーの親子

また、キャリアの犬を親犬に選んだ場合、病気の因子は残るので、孫の代、ひ孫の代……以下の代も、検査や血統管理は必要。血統や繁殖管理をするということは、そういう責任重大なことなのです。親犬だけでなく、おじいちゃん、おばあちゃん、親戚まで検査をし、交配させる犬を定めれば、発症を減らすことのできる遺伝病もあり、場合によっては将来的にいつかは淘汰に近い段階まで持っていける病気も出てくるかもしれません。遺伝病を100%撲滅させることはできなくても、次世代の犬の健全性をなるべく確保するように、長期のスパンで繁殖計画を立てていくことが重要です。

レントゲン、心電図などの検査法もある

とはいえ、遺伝子検査でわからない遺伝病もたくさんあります。それでも、たとえばラブラドール・レトリーバーなど大型犬で多い股関節形成不全症という遺伝病の場合は、犬自身と股関節周囲の筋組織が完全に弛緩している状態(全身麻酔)でレントゲン撮影し、アメリカへそのレントゲン写真を送り、評価をしてもらうことにより、健全性を確認することができます。いま目の前にいる犬の病気のリスクは減らないけれど、未来の子犬たちの健全性を守ることにつながります。

たとえば、ルールに沿った撮影法によるレントゲン写真で股関節などの遺伝病を評価するアメリカにある団体:OFA( Orthopedic Foundation for Animals.)の検査の場合だと、「エクセレントexcellent」「グッドgood」「フェアfair」とお墨付きをもらった犬を繁殖犬に使えば、股関節の健全な子犬が生まれる可能性が高まります。

検査のためにホルター心電図を装着するボクサー犬
ARVC(不整脈原性右室心筋症)を発症しているかどうかを検査するため、72時間のホルター心電図検査に挑戦したうちのボクサー犬メル。不整脈を調べるため、小さな心電計を5つ装着しました。

「ボクサー心臓」とも言われるボクサーに多いARVC(不整脈原性右室心筋症)は、遺伝子検査と3日間心電図を撮る検査をすることによって、病気になる遺伝子を特定したり、現時点での進行具合を確認することができます(それによって投薬開始時期を検討できる)。獣医学も日進月歩で進んでおり、繁殖前にできること、あるいは発症前にわかることが増えるのは、飼い主としてはありがたいことです。

心電計が外れないようにテーピングするボクサー犬
心電計がはずれないようにグルグル巻きに。心電図検査ではクライテリア2(5段階のうちの2。1が正常、2が不確定)という結果。ARVCの発症は確認されなかったのは幸いですが、遺伝子検査で陽性だったので、今後いつ発症するかはわかりません。ポックリ死ぬ可能性大とわかるのは切ないけれど、発症したとわかったら薬を飲めば、突然死は予防できるそう。また半年~1年後に再検査予定。

ただ今の日本では、ARVCのクリア(正常。つまり遺伝的に病気の因子を持っていない)なボクサーや、DMのクリアなコーギーがほとんどいないという別の問題もあります。数の少ない洋犬の遺伝子の多様性が乏しかったり、流行犬種に一気に病気の遺伝子が蔓延するなど、島国・日本ならではの難しい点もあります。健全な遺伝子を持つ外国の犬の血を日本に輸入する努力も必要となってきます。

遺伝病が多いのは純血種の宿命

このようにいろいろ考えてみると、子犬を産ませるということが、どれだけ責任重大なことなのか、わかってきます。「うっかり」や「できちゃった」はあまりにも無謀。子犬を全部手元に残す覚悟と一生分の獣医療費を賄う財力があるのか、いずれ歩けなくなったり、ウンチを垂れ流したり、呼吸困難になったりする犬の介護ができるのか。飼い主にかかる介護の時間的、経済的、精神的な苦労は相当なものです。

そんな大変なことを内緒にして、他人に子犬を売るのもどうなんでしょう。そのため病気の犬が捨てられる可能性も増え、ひいては殺処分問題にもつながっていきます。責任の負えない、飼いきれない犬の命を増やしてはいけません。

「犬の遺伝学」の本とボクサー犬
友人の著作『よくわかる犬の遺伝学』。難しい遺伝の話しを、なるべくやわらかい言葉で説明してくれていて、とても勉強になります。

 

「商品」ではなく「命」。健全な血を未来へ

健全な犬が生まれるかどうかは、繁殖者の知識と良識にかかっています。遺伝病を勉強し、交配させる前に遺伝子検査やレントゲン検査を行い、繁殖計画を長期的に立てて血統管理をしてこそ、本物のブリーダーです。

子犬を迎えたいと思っている飼い主さんは、健全な子犬の作出に全力で取り組んでいるブリーダーを探してください。そして血統管理や遺伝病に対する取り組み、両親犬や親戚犬の検査結果や病歴、死因などについて、どんどん質問をしてみてください。「検査済」や「親が輸入犬」という言葉だけで安心してはダメです。検査結果の内容も正確に確認しましょう。本当のことを真摯に答えてくれる人こそ、その犬種を愛するファンシャーを兼ねた本物のブリーダーです。

海辺の散歩を楽しむ2頭の大型犬
元気よく走り、遊び、歩けるということがどれだけ幸せなことか。「犬の健全性を守る」とはどういうことなのか。不健全で不幸な犬が増えないように、私たちができることは?飼い主が賢明になっていけば、未来は変えられる。

それでも、犬はロボットではないので、病気にはなります。ケガもします。でも、健全性というのは、本当にかえがたい宝物です。子犬は「商品」ではなく「命」。大量生産ではなく、ちゃんと考えて少数精鋭の健全な血を残していく。そういう価値観が日本でも当たり前になればいいですね。そのためには、繁殖者だけでなく、血統書発行団体、販売者(ペットショップ)に加え、私たち消費者(犬を買う人=飼い主)も遺伝病のことを勉強し、現実を知り、賢くならねばなりません。

今年のサクラは天国で見ることになった、さくらちゃんの死を無駄にしないためにも、遺伝病の淘汰を目指す日本に変わっていきましょう。

参考資料:
「でこぼこのブログ〜難病と闘う柴犬さくら」
「DMゼロを目指して」
OFA
北森ペット病院のBoxer Study

参考文献:
「よくわかる犬の遺伝学」尾形聡子著、誠文堂新光社

よくわかる 犬の遺伝学: 健全性から毛色まで、知って役立つ遺伝の法則

白石かえ

犬学研究家、雑文家 東京生まれ。10歳のとき広島に家族で引っ越し、そのときから犬猫との暮らしがスタート。小学生のときの愛読書は『世界の犬図鑑』や『白い戦士ヤマト』。広告のコピーライターとして経験を積んだ後、動物好きが高じてWWF Japan(財)世界自然保護基金の広報室に勤務、日本全国の環境問題の現場を取材する。 その後フリーライターに。犬専門誌や一般誌、新聞、webなどで犬の記事、コラムなどを執筆。犬を「イヌ」として正しく理解する人が増え、日本でもそのための環境や法整備がなされ、犬と人がハッピ…

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