病気を患うこどもたちに寄り添うファシリティドッグの今【後編】

ファシリティドッグは、こどもたちに様々な効果や楽しみ、元気、勇気、安らぎを与えます。そして、また新たな一歩が始まりました。
前編に引き続き、ファシリティドッグの今をご紹介します。

<お話をうかがった方>
森田優子さん
森田さん_プロフィール150×150ファシリティドッグ・ハンドラー&看護師。小児や周産期医療などに特化した国立成育医療研究センターにて5年ほど看護師として勤務。もっと違った形で経験を活かしたいと考えていた折にファシリティドッグと出会い、2009年、タイラー基金(現NPO法人シャイン・オン・キッズ)所属のハンドラーに転身。静岡県立こども病院での勤務を経て、現在は神奈川県立こども医療センターにて、ベイリー&アニー、2頭のファシリティドッグとともに活躍中。

 

笑顔になる、笑うということの尊さ

自分のこどもから、笑顔や笑い声が消えたとしたら、親はいったいどう感じるのでしょう。

ファシリティドッグ後半_1
ベイリーたちファシリティドッグが活躍する場所も、採血時の同伴から手術室までの同行、骨髄穿刺の応援や穿刺後の添い寝、眠れないこどもが眠れるまでの付き添いなど、徐々に増えている。(※写真のお子さんは本文中に登場するお子さんとは違います)

ある小児ガンを患った子は、徐々にものを食べるのが難しくなっていく中で、周囲からは少しでも食べるように言われることへの反発もあってか、食事が出されると手で払いのける、テーブルにもつかないという状況にあったそうです。

「その子の昼食時に、ベイリーも一緒にごはんを食べるようにしたところ、自分からテーブルにつき、ごはんを口に運んでくれるようになりました。その量もカロリーもわずかですが、生きるものにとって食べるということはとても大事なこと。親御さんも、その様子にほっとしてくれました」

ファシリティドッグ後半_2 ベイリー
犬を病院に入れることについて、特に日本では病気感染やアレルギーなどを懸念されがちだが、適切な管理と対処でリスクを低く抑えることは可能であり、神奈川県立こども医療センターのデータによると、ベイリーが導入されて以降、病院内の菌の検出数は増えてはいないという。

大人のように難しい表情をしたこどもが、ベイリーが来たというだけで途端にニコッと笑う。笑顔や笑いは、元気やエネルギーも生みます。たとえそれがほんの一瞬であったとしても。

その後、残念ながら、そのお子さんは亡くなったそうですが、今でもご両親はファシリティドッグの応援をしてくれているという話です。

 

こどものみならず、家族のケアも

これまで多くのこどもや親御さんと接してきた森田さんは、こども病院においては家族のケアも必要になるといいます。

「赤ちゃんや、周囲の状況がよく理解できていないと思われる子のところにもベイリーを連れて行きます。それでも親御さんはとても喜んでくれて。親御さんのために行くというのも大きな役割です」

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ファシリティドッグ発祥の地とされるアメリカでも、認知度はあと一歩というところながら、100ベッドもない病院にファシリティドッグが4頭いるケースもあるそうだ。手術前の血圧の安定を図る、投薬が減る、スムーズに治療できるなど効果は様々だが、どこでファシリティドッグを入れるかは、医療スタッフの判断が大きく作用する。

しかし、森田さんが思うにまかせてどこへでも介入できるというわけではありません。

活動をするには、いかに医療スタッフから声をかけてもらえるかが大事なんです。最初の頃は、それを理解してもらえるまでに、いろいろ苦労もしましたけどね」、と森田さん。

 

日本のファシリティドッグも3頭目に、2018年には導入先も一病院増

ファシリティドッグの導入からもうすぐ8年。今ではすっかり理解も得られ、病院の雰囲気も変化しました。長期入院の子の親御さんは、「ベイリーが来てから病棟に笑顔が増えた」と言い、時には辛い状況に、裏で泣くこともあるという看護師さんたちも、「殺伐とした気持ちが和らぐ」と。

実際、取材の折にも、横で昼寝をしているベイリーとアニーに声をかけたり、撫でたりしていく病院スタッフがたくさんいました。

ん?アニー?そうです、今年の12月で10歳になるベイリーの後任犬として、8月にハワイからやって来た3頭目のファシリティドッグです。

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ベイリー(向かって左:ゴールデン・レトリーバー、オス、9歳)とアニー(右:ゴールデン・レトリーバー、メス、1歳半)。「ゆったりしているのに頑固なベイリーに対して、アニーはとても素直なコです」(森田さん)

アニーを育てたトレーナーさんは作業療法士でもあり、その方曰く、「ファシリティドッグを育てるには現場を知っていないと。だから、自分がトレーナーになる意味は大きいのです」。森田さんも点滴のルート類やら事故が起こらないよう整理してからベイリーを入れ、こどもと接する際の優先順位もご自身で決めるとのことですが、それはやはり看護師でもあるからこそできること。

実は、2018年に、ファシリティドッグの導入先がもう一ヶ所増える予定だそうです。

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ファシリティドッグ1頭の育成には約900万円の費用がかかり、その多くを寄付に頼っている。今後は10年をめどに国内での育成も目指したいとしているが、当面はAssistance Dogs of Hawaiiから犬を連れて来ることになるだろうとのこと。

 

ファシリティドッグは癒しのみでなく、そこから何ができるかが重要

その導入先となる病院の関係者が見学に来た折に、「ハンドラー次第だね」という感想をもらったことが、森田さんはとても嬉しかったとか。

ファシリティドッグは癒しのみでなく、こどもたちや親御さんが話しやすい雰囲気をつくり、そこで何を聞き出すか、何をするか、どこまでできるか。その先が重要であって、ファシリティドッグの意味も、ハンドラーを看護師が務める理由も、そこにあると考えています。犬は元々いい犬なんです。ですから、あとはハンドラー次第」

そんな森田さんに、「やりがいを感じる時は?」とお尋ねすると、次のような言葉が返ってきました。

「ベイリーでなければできないことができた時」

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「何も指示を出していないのに、ベイリーは自分で考えて、その時々で態度を使い分ける。そういったところはベイリーならではで、プロだなぁとさえ思います」と森田さん。しかし、遊ぶ時にはこの表情。楽しいこと、おいしいものが大好きな1頭の“犬”なのである。

人と一緒に働く犬。ファシリティドッグに限らず、そのような犬に対しては、その効果・力量を認めつつも、人の都合が優先されているのでは?と戸惑いを感じる意見もありますが、その答えは、このベイリーの写真の中にあるのかもしれません。少なくとも、ベイリーたちは、多くの人たちに必要とされ、愛されているということに間違いはないでしょう。

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「使う」と考えれば、使用人にもなり、使役犬にもなる。「ともに働く」と考えれば、仲間になり、パートナーになる。休日はベイリーとアニーのためにあるというほど家にいることはほとんどなく、彼らが喜ぶ場所に足を運ぶという森田さんである。

写真提供/シャイン・オン!キッズ

関連サイト/認定非営利活動法人シャイン・オン・キッズ

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大塚良重

犬もの書き、愛玩動物飼養管理士、ホリスティックケア・カウンセラー 雑誌、書籍、Web、一般誌などで執筆を続けて20年以上。特に興味があるテーマは、シニア犬介護やペットロスをはじめとした「人と動物との関係性」。昨今は自身が取材をお受けすることも増えており、読売新聞、毎日新聞、サンデー毎日、クロワッサン、リクルートナビなどの他、ラジオ出演、テレビ番組制作協力なども。自著に、難病の少女とその愛犬の物語『りーたんといつも一緒に』(光文社)がある。一度想うとどこまでも、愛犬一筋派。 ▶主な著書: 『りーた…

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