裁判ではなく調停(話し合い)で紛争解決。行政書士による社会貢献に注目!

「愛犬がよその犬に噛まれた」、「うちの犬に驚いて、自転車が転倒してしまった」、「ペットを飼っているというだけで隣人から嫌がらせをされる」など、ペットと暮らしているといつ自分が加害者になるか、被害者になるかわかりません。そんなとき、知っておくと心強い「行政書士ADRセンター」。法務大臣から認証された機関です。東京都行政書士会「行政書士ADRセンター東京」(東京都目黒区)に伺い、センター長の光永謙太郎さんと、愛護動物分野主任の森田恵美子さんにお話をお聞きしました。

まず、行政書士とは
572-429_IMG_5261左:森田恵美子さん、右:光永謙太郎センター長

法律家というと、広く知られているのは弁護士ですが、それ以外にも国家資格保持者による高度な専門性と公益性を有する職業があります。弁護士、司法書士、土地家屋調査士、税理士、弁理士、社会保険労務士、行政書士、海事代理士などで、それぞれに弁護士法や行政書士法などの法律によって専門領域が棲み分けされています。

その中で行政書士は、幅広いジャンルを扱います。「役所に提出する許認可等の申請書類の作成ならびに提出手続代理、遺言書等の権利義務、事実証明及び契約書の作成等を行う」(日本行政書士会連合会HPより)。たとえば建設業、飲食業、動物取扱業などの営業許可、外国人の就労・帰化などの手続き、自動車登録や車庫証明の申請、著作権や知的財産、NPO法人の新規設立の手続き……人が大事にしている財産に対して、いろいろな手続きをする、国民と行政の橋渡し役をするのが行政書士。そのため「街の法律家」と呼ばれることもあります。

次に「行政書士ADRセンター」とは
572-429_DSC_8766行政書士バッジは、コスモスの花弁の中央部に篆書体の「行」の文字。コスモスの花言葉は「調和と真心」だ。そして猫バッジは、日本行政書士連合会の公式キャラクター、行政書士制度の宣伝部長の行政(ユキマサ)くん

行政書士の多くは、地元の都道府県にある行政書士会に属しています。そのうち15の都道府県には、各行政書士会が開設している「ADRセンター」という機関があります。

ADR(Alternative Dispute Resolution)とは、「裁判外紛争解決手続」の意味。つまり裁判所での訴訟手続(=裁判)以外の方法で、トラブルの解決を図る手続のこと。具体的には仲裁や調停などでトラブルをおさめることです。

ADRセンターの「調停」とは、中立で公正な第三者(調停人=行政書士)が間に入り、当事者の双方の言い分を聞いた上で、話し合いによってお互いに満足のいく解決策を作り出していく方法です。裁判のように、白黒はっきり勝ち負けを決めることはなく、手続きは非公開で行われ、円満な解決を目指します。

先ほど全国には15の行政書士ADRセンターがあると紹介しましたが、おのおののセンターには個性があり、取り扱う分野も違います。15のセンターのうち、私たちが気になる「愛玩動物に関する紛争」を手がけているのは、8センター。行政書士ADRセンター東京、神奈川、新潟、愛知、大阪、兵庫、山口、香川です(※)。センターのあるなしや取り扱い分野の違いは、これが公的な機関ではなく、あくまでも地元行政書士会および行政書士個人の非営利の社会貢献事業だからです。いつかほかの県にも拡がるといいですね。
行政書士会が開設する全国のADRセンター

都内在住の人なら「行政書士ADRセンター東京」が強い味方
572-429_IMG_5915営利団体ではないADRセンターは、運営するのに、人材もお金もかかる。また、法務大臣から認証を受けるためには数々のハードルがある

ちなみに、今回取材に伺った「行政書士ADRセンター東京」では、以下の4つのトラブルを扱っています。

1. 外国人の職場環境等に関する紛争
2. 自転車事故に関する紛争
3. 愛護動物に関する紛争
4. 敷金返還等に関する紛争

東京都行政書士会に所属する約6500人の行政書士のうち約70人がADRセンター東京に関わっているそうです。さらに、そのうちの約20人が、森田さんを含むペットトラブルの担当で、全員、愛玩動物飼養管理士の資格も持っています

さて、内心気になるのが、紛争解決にかかる費用。しかし、これがびっくりするほど安いのです。相談の流れとともに紹介しましょう。


< 相談の流れ >
①困ったことがあったら、まずセンターへ電話で相談(0円)。

②対面での事前相談(0円)。調停を申し込むのが前提。重要事項説明があるので対面で行われる。

③調停申込み時に、調停申込み手数料(3600円)と第1回調停期日手数料(3600円)を払う。

④調停1回で解決しなかった場合、各期日開始前に、第2回目以降調停期日手数料(3600円)。


つまり、調停申込み時に7200円(③の3600円+3600円=7200円)がかかりますが、1回の調停で終われば、費用はこれだけ。裁判に比べて費用と期間は、比較的短く安価です。です。しかもADRセンター東京では、アメリカから取り入れた「対話促進型紛争解決手法」を採用しており、「メディエーション(調停)・スキル」という特別な技能(100時間の講義、面談、筆記試験、そしてロールプレイング)を習得した人たちを、調停人として専任しています。そのため1回の調停で合意する率が高いのが特長。1回で無事に終われば、7200円でトラブル解決ということです。非営利だからこそできる、一般市民の立場に立った親切な仕組みといえるでしょう。
572-429_IMG_5404「うちは本当になんでもまずは相談にのります。行政書士の範疇を超えた内容であれば、どこに相談すればよいかなどをお伝えすることもできますから、困ったらまずお電話ください」と森田恵美子さん

動物が好きで、猫を飼っていた森田さんは「行政書士として長くやっているうちに、この知識を活かして市民のお役に立てればと思ったんです。ADRを通じて社会貢献がしたい」と言います。私もこんな機関があったなんて知らなかったし、行政書士がこんな風に一般市民の気持ちに寄り添った活動をしていたとは知らなくて、今回正直驚きました。

勝った負けたではなく、話し合いで解決するならそれでよし
行政書士ADRセンター東京で扱う4つの紛争のうち、ダントツで多いのがペットに関する相談だそうです。光永センター長は「まだこのセンターの認知度は低いのですが、年間約300件の相談があるうち、ほぼ1/3がペットに関するものです」と言います。

いくつか具体例をあげていただきました。


A. 売買・譲渡に関すること(ペットショップ、ブリーダー、動物愛護団体関連)
例)「購入後すぐに死亡した、大病になった」「飼育方法が悪いと団体から返還要求されているが返したくない」など。

B. 咬傷事故に関すること
例)「愛犬がよその犬に噛まれた」「愛犬がよその人を噛んでしまった」など。今のところ猫の咬傷事件はないとのこと。

C. 近隣トラブル
例)「吠え声」「におい」「抜け毛」の問題など。割合的にはいちばん多いかも。

D. 獣医療過誤関連
例)「入院中に死亡した。どんな治療をしたのかよくわからない」など。近年、増加傾向。

E. トリマー、ペットシッター関連
例)「お預かり中にケガをした」「脱走した」など。

F. 地域猫の問題
例)「餌やりをやめてほしい」「アパートではペット禁止なのに、近くで餌をやっている」など。


572-429_IMG_5212
話し合いののち、医療費などの実費、場合によっては慰謝料などのお金が動くこともありますし、そのまま話し合いだけで双方が納得し和解で決着することもあります。調停人としては、円満解決したときの嬉しさはひとしおだそうです。

もちろん全部が全部、調停で解決できるわけではなく、決裂して裁判に持ち越されることもありますし、相手側が話し合いの場に出てこないこともあります。裁判ではないので、話し合いの場に強制的に来させることはできません。

でも多くのトラブルは、必ずしも書類上のことや契約上の問題ではなく、結局はコミュニケーション不足、ボタンの掛け違いのような誤解から始まった不信感が発端のことが多いそうです。その感情的なしこりを、中立的な調停人の目の前で当事者双方が揃って話すことによって、ほどいていく。「我々の存在価値はそこにあります。私たちは、あくまでも公正中立な進行役。お互いの怒りのハードルを低くする、気づきの積み重ねをサポートする通訳のようなものです。結局、トラブルを解決するのは本人、当事者なんです」と光永センター長。

572-429_IMG_0959「オレたちも気をつけてはいるけれど、いつトラブルに巻き込まれるかはわからない。困ったら、光永さんと森田さんに相談だ」

傾聴する力(最後まで耳を傾け、言葉の背後にある感情も受け止め、共感を示すなど、カウンセリングにおけるコミュニケーション技能)で、紛争を解決するというひとつの方法。トラブルが起きると、被害者側はもちろん、加害者側も心を傷めてしまうことが多いものですが、こうした行政書士による紛争解決の選択肢があるということを知っておくと、いざというときひとりで悩まなくてすみ、心の平穏につながるはずです。

東京都行政書士会 行政書士ADRセンター東京
(法務大臣認証裁判外紛争解決機関 NO.30200-161_DSC_8768受付日:火曜日、木曜日、土曜日
受付時間:10:00~16:00
問合せ先Tel:03-5489-7441▶詳細はホームページにて:http://adr.tokyo-gyosei.or.jp/

白石かえ

犬学研究家、雑文家 東京生まれ。10歳のとき広島に家族で引っ越し、そのときから犬猫との暮らしがスタート。小学生のときの愛読書は『世界の犬図鑑』や『白い戦士ヤマト』。広告のコピーライターとして経験を積んだ後、動物好きが高じてWWF Japan(財)世界自然保護基金の広報室に勤務、日本全国の環境問題の現場を取材する。 その後フリーライターに。犬専門誌や一般誌、新聞、webなどで犬の記事、コラムなどを執筆。犬を「イヌ」として正しく理解する人が増え、日本でもそのための環境や法整備がなされ、犬と人がハッピ…

tags この記事のタグ