猫トラブル解決本!『ねこの法律とお金』監修の渋谷弁護士に聞く、法律の活用法とは?

普段はあまり意識していませんが、私たちはさまざまな法律に従い、守られて暮らしています。猫のいる暮らしもまた然り。愛猫が交通事故にあったら治療費は請求できる?もしも獣医療トラブルに遭遇したら?ご近所から猫のことで苦情を言われたら??愛猫に遺産は残せるの???などなど、法律や制度、お金に関する知識が頭の片隅にあれば、困った時の味方になってくれるはず!

そんな想いを込めて、このたび、本邦初の猫専門法律ハンドブック『ねこの法律とお金』(廣済堂出版刊、2018年12月)の編集を担当しました。目指したのは、飼い主のかゆいところに手が届く、飼い主目線の法律ハウツー本。監修は、ペット法学会事務局長で、20年以上ペット問題に取り組んでいる渋谷寛弁護士です。渋谷先生にペットと法律の関わりや、本書の活用法についてお話を伺いました。

<お話を伺った方>
本書の監修:渋谷寛先生
渋谷寛弁護士
弁護士・司法書士。ペット法学会事務局長。1985年東京司法書士会登録、1996年東京弁護士会登録。1997年渋谷総合法律事務所創設。その後、農林水産省内獣医事審議会委員、環境省内中央環境審議会動物愛護部会動物愛護管理のあり方検討小委員会委員などを歴任。環境省内中央環境審議会委員(ペットフード安全法制定関係)、ヤマザキ動物看護大学講師。主な著書に『ペットの判例ガイドブック』(共著、民事法研究会)、『ペットの法律相談』(編著、青林書院)、『わかりやすい獣医師・動物病院の法律相談』(代表編集、新日本法規)など。
渋谷総合法律事務所

ペットの法律家が社会に求められていると実感

—監修、お疲れさまでした。ペット法の専門家として活躍している渋谷先生が、そもそも弁護士としてペットに関わりを持ったきっかけはなんだったのでしょうか?

渋谷:私は1997年に法律事務所を開設したのですが、翌年にペット法学会が設立され、弁護士仲間に誘われて設立総会に参加したことでしょうか。法律の教科書の中にペット問題はほとんど書かれていなかったし、民法にもあまり出てこないけれど、ペットと法律を研究する学会ができたことで、今後、ペットトラブルなどを扱うことが増えてくるのかもしれないと思ったのです。

その後、雑誌『いぬのきもち』の法律相談のコーナーを担当することになり、いろいろな判例を調べました。当時はペット問題を扱っている弁護士はまだ少なかったので、私の記事や新聞や雑誌に寄せたコメントを見て遠方からも問い合わせがあり、社会として求められていることを実感しました。

かつてご実家ではシェルティの「ミッチー」やチベタンテリアの「ティアラ」という愛犬と暮らしていた渋谷先生。「ペットと法律については、飼い主としても興味がありました」
 

—ペット法学会設立の翌年の1999年には「動物の保護及び管理に関する法律」から「動物の愛護及び管理に関する法律」(以下、「動物愛護管理法」)に改正されました。

渋谷:そうでしたね。ペット問題に興味を持った頃、とても新鮮だったのは動物福祉という言葉です。ヨーロッパで登場した考え方で、動物の「福祉」を守るという発想は当時の日本にはまだあまり馴染みがありませんでした。動物を虐待してはいけない、苦痛を与えてはいけないというのは当然のことですが、どんなことが虐待に当たるのかははっきりしていなかった。

現在では、動物愛護管理法の中にも、適正飼養や虐待の定義など動物福祉の発想が盛り込まれています。法律の名称を「保護」から「愛護」に変えるとき、「動物福祉管理法」という案も出たようですが、採用には至っていません。

動物福祉については、『ねこの法律とお金』でも解説しています。

—渋谷先生がペット問題に取り組んでからこの20年で、大きく変わったことは何かありますか?

渋谷:相談や訴訟の件数は増えました。私は2004年に「真依子ちゃん事件」(糖尿病の犬が動物病院で適切なインシュリン投与が行われずに死亡したことに対し、獣医師の賠償責任が認められた判例)を手がけましたが、医療過誤が認められた例として、マスコミにも大きく取り上げられました。以後、獣医療過誤の訴訟件数は明らかに増えています。

相談内容はさまざまですが、猫よりは犬のほうが多いですね。犬が人を咬んだという咬傷事故は昔からありますし、吠え声などのご近所トラブルも多いのは犬です。猫ではエサやりトラブルの相談などがあります。

—「地域猫」もこの20年で定着した言葉ですよね。

渋谷:そうですね。エサやりに迷惑している側と、エサやりを妨害されるという側の双方から相談があり、難しい問題だということがわかります。また最近では、猫の多頭飼育崩壊も耳にします。私が相談を受けたケースでは、マンションで100匹以上の猫と暮らしている方がいました。エサやり問題も多頭飼育崩壊も法的な解釈だけでなく、状況を総合的に判断しながらご相談に応じています。

飼い主のいない猫のエサやりについて、条例で規定を設けている自治体もあります。
 

日本の憲法改正論もぜひ「動物」についての議論を!

—動物愛護管理法は5年に一度を目安に改正が行われることになっています。前回の改正が2013年でしたので2018年に改正されるかと思いましたが、昨年は行われませんでした。

渋谷:5年というのはあくまでも目安です。現在、2019年の通常国会が行われていますが、動物愛護管理法の改正はゴールデンウィーク明けくらいになる見通しだそうです。

—今回の法改正、渋谷先生はどんなところに注目していますか。

渋谷:いくつかありますが、法律として気になっているのは、子犬・子猫の販売日齢を定めている、いわゆる8週齢規制です。動物愛護管理法第22条の5で、出生後56日を通過しないものは、販売、引き渡し、展示してはならないと明記してある一方で、附則を設けて「法律で定めるまでの間は49日」とあり、現在は7週の49日です。こうした措置はほかの法律ではあまり見られません。

早期に親やきょうだいから離されると、子犬・子猫時期にいろいろなことを学ぶ社会化が十分にできなくなり、将来、問題行動を起こす可能性が高まると言われています。

—子犬・子猫の社会化期を考慮して8週齢と定めたものの、少しでも幼くてかわいい時期に販売したい業者の反発もあり、7週齢と8週齢でどれだけ差があるのか科学的根拠の立証が求められていると聞きました。

渋谷:動物のことを考えれば8週齢が好ましいのでしょうが、一方で販売業者に規制をかけることは、日本国憲法に明記されている「営業の自由」を規制することにもなります。日本の憲法の中では動物について一切触れられていませんが、スイスやドイツの憲法には「動物の保護」が明文化されているんです。日本では動物愛護管理法の改正にばかり目が向けられますが、根本の憲法が改正できれば、いろいろなことが変わっていくと思います。

—それは日本の憲法の中にも「動物の保護」を盛り込むということですか?

渋谷:そうです。ドイツは2002年にドイツ連邦共和国基本法を改正しましたが、その際に「生活の自然基盤と動物を保護する」という文言が入りました。日本の憲法にも「地球の環境と動物の保護」というような一文がどこかに加われば、動物愛護管理法だってもっと改正しやすくなります。

—今、改憲論が盛り上がっていますが、ぜひこの件についても議論してほしいところです。

渋谷:憲法だけでなく、民法にも言えます。日本の法律では、動物愛護管理法では動物は「命あるもの」と明記されていますが、民法上は、動物は「動産」「物」として扱われます。民法の中には、物の所有者は万能で何をしてもいいという「所有権絶対」の概念があるのですが、それを動物に当てはめていいのかどうか。動物虐待については動物愛護管理法で刑罰がありますが、虐待している人がいて、愛護団体が救済に入ってもその人が所有権放棄をしなければ、助けられないこともあります。

ドイツでは民法典の中に、「動物は物ではない」ことが明記されていますし、フランスでも2015年に200年ぶりに民法典が改正され、動物が「感情(知的能力)のある生き物」であると明文化されました。実は、日本でも120年ぶりに民法が大改正され、2020年から施行されるのですが、残念ながら動物については、まったくと言っていいほど議論されませんでした。

—ということは、動物は「物」のままですね。それはビッグチャンスを逃してしまったのではないでしょうか。

渋谷:変えようという動きにならなかったのは本当にもったいないですね。

法律は常識の集大成。愛猫との幸せな暮らしのために一家に1冊

猫との暮らしの中で遭遇するかもしれないさままざなトラブル・疑問を解説しています。
 

—今回の書籍『ねこの法律とお金』の企画は、動物愛護管理法の改正が近づいているこのタイミングで、猫のいる暮らしと法律について改めて考えてみようということがきっかけでした。動物愛護管理法だけでなく、民法や刑法などさまざまな法律が関わっていますので、もし自分がペットトラブルに巻き込まれたらどうしようかといろいろな事例を想定しながら、私も含め猫飼育経験のあるライター陣で渋谷先生にがっつりお話を伺いながらまとめました。

渋谷:猫との生活にまつわるさまざまなこと、トラブルや飼い主のマナーだけでなく、猫を迎えてから看取るまで、飼い主が先に逝くことなども想定して幅広く網羅しましたね。私はこれまでペットの判例集などを何冊か手がけていますが、ペットトラブルは犬のほうが多く、猫だけをテーマにして考えるということはなかったので、お話ししながら私自身も改めて勉強になりました。

私が書いてしまうと、どうしても硬い文章になってしまいますが、今回はライターさんがやわらかい文章でわかりやすく書いているから、私の周りの法律関係者からも評判はいいですよ。それから、法律だけでなく、「お金」についても触れていますが、あれがなかなか効いていると思います。

お金は大事だよ〜〜。ご利用は計画的に!

猫のための遺言書の書き方も紹介しています。

—今回、「お金」はぜひ入れたいテーマでした。自分に万が一のことがあったら、愛猫にお金は残せるのか、遺言書に書いておけばいいのか、そもそも猫の生活費ってどのくらいかかるものなのか、飼い主として気になっていたんです。猫の必要経費は調べてみるといろいろな試算があり、年間9万円程度と割り出しているデータもあれば、20万円以上のものもありました。自分が一体いくら猫につぎ込んでいるか、一度きちんと計算してみたいと思います。

渋谷:動物愛護管理法では「終生飼養」を謳っていますが、猫の一生にとどれくらいお金がかかるかをイメージしておくことは重要だと思います。お金に着目したのは本当にこの本の特徴になっていると思います。

「くまくら珠美さんの4コマ漫画もいいスパイスになっていますね」
 
渋谷先生もお気に入り。くまくら珠美さんの4コマ漫画
 

—制作していた時に常に意識していたのは「飼い主目線」です。猫の飼い主さんに寄り添う本になるよう、一飼い主として知りたいことを詰め込みました!

渋谷:詰まってますよね(笑)。欄外にまで情報が詰まっているので、まるまる1冊、隅から隅まで通読するのは大変かもしれませんが、1冊本棚に入れておけば、いざというときにきっと役に立つので、持っているという安心感はあると思います。

法律は常識の集大成のようなもの。何か問題が起こったときには、「自分が正しい!」と独りよがりになったり、一人で悩んだりしないで、「これは法律的にはどうなんだろう?どんな解決策があるんだろう」と開いてみてください。この本から、起こりうるトラブルを予測し、トラブルを回避するためのヒントをつかんで、愛猫との幸せな暮らしに役立てていただきたいですね。

ねこの法律とお金の本を持つ渋谷先生
「タイトルは『ねこの』ということでしたが、基本の考え方は犬も同じですので、犬の飼い主さんにもおすすめです!」
 

—ありがとうございました。


ねこの法律とお金


★本書は第3回『ねこ検定』のサブテキストにも使われています。ねこ検定の申し込みは終了しました。
▶第3回『ねこ検定』公式サイトはコチラ


プレゼントの応募は締め切りました。たくさんのご応募ありがとうございました。

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宮村美帆

フリーエディター、愛玩動物飼養管理士 動物好きの両親の影響で、子どもの頃から、犬、小鳥、ハムスター、鈴虫、錦鯉など、何かしら生き物がいる環境で育つ。動物看護師として2年間の動物病院勤務を経験した後、猫の月刊誌『CATS』の編集者に。その後、人と動物の今を考える雑誌『季刊リラティオ』の編集などを経てフリーランス。エディター、ライターとして、ペット(動物)、児童書(図鑑)、実用書、デジタル情報辞典などを手がける。 ずっと犬派だったが、動物病院勤務で猫の魅力に目覚め、猫雑誌の編集でどっぷりハマる。獣医…

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