猫のマタタビ反応に「蚊よけ」効果!謎を解明した岩手大学研究チームに聞く!

「猫にマタタビ」と言えば、「大好物」あるいは、「それを与えれば非常に効果があること」を意味することわざですが、猫がマタタビに夢中になってスリスリゴロゴロするのは、猫の飼い主にはおなじみの光景です。けれども、猫が何の目的でマタタビに反応しているのかは、実はよくわかっていませんでした。

それが、2021年1月21日公開のアメリカの科学雑誌『Science Advances』(電子版)に、岩手大学と名古屋大学、京都大学、英国リバプール大学の共同研究グループが「猫のマタタビ反応の謎を解明した!」という研究成果が掲載され、国内外で注目を集めています。

これは猫好きにはとても興味深い報告です。研究を行った岩手大学農学部応用生物化学科の宮崎雅雄先生と、同大総合科学研究科大学院生の上野山怜子さんに、今回の研究成果とそこに至るまでのエピソードについて早速お話を伺いました。

<お話を伺った先生>
岩手大学農学部応用生物化学科
生化学研究室教授
宮崎 雅雄先生
岩手大学農学部宮崎雅雄教授
博士(農学)。学生時代に獣医学を勉強して動物のお医者さんを目指していたが、猫特有の生理現象に興味を持ち、猫の尿から新規タンパク質を発見して研究者となる。猫のニオイやフェロモンを介した嗅覚コミュニケーションの仕組みを行動レベルから分子レベルまで生化学、分子生物学、分析化学、組織学、行動学、神経科学の解析手法を用いて研究している。研究中に相棒(黒猫)を失い、現在は自宅でマタタビに反応しない犬5匹に囲まれた生活を送っている。

岩手大学総合科学研究科農学専攻
上野山 怜子さん
岩手大学総合科学研究科上野山怜子さん
修士1年生。2年半前より本研究プロジェクトに参画。今回の論文の主要な実験を全て担当。子供のころから猫好きで、愛猫は今年で16歳。これまでの研究成果で、日本味と匂学会の優秀発表賞、天然有機化合物討論会の奨励賞、日本生化学会の若手優秀発表賞をはじめ数々の賞を受賞している研究者の卵。

「猫にマタタビ」はなぜ?素朴な疑問から研究がスタート

岩手大学の宮崎雅雄先生は、2006年にも猫のオシッコのニオイの原因となる化合物を生産するメカニズムを解明しています。その時に発見したタンパク質を「好奇心に導かれて発見した」ことから「コーキシン(CAUXIN)」と命名するなど、猫の体のメカニズムを解明するためにさまざまな研究を行っています。

今回の研究も、猫のマタタビ反応に興味を持っていた名古屋大学(大学院生命農学研究科)の西川俊夫先生から「猫のことなら宮崎先生」と声がかかり、8年前から共同研究がスタート。2年半前から大学院生の上野山さんも参加して、「なぜマタタビに猫は反応するのか?」という素朴な疑問の解明が大まじめに進められてきました。

岩手大学宮崎雅雄教授インタビューa
「猫は犬や人とは体内の代謝の構造が異なる部分があるのに、まだわからないことがたくさんあるので、研究対象としてさまざまな魅力があります」

マタタビは東アジアに分布するマタタビ科マタタビ属のつる性の低木で、60年以上前に「マタタビラクトン類」と呼ばれる複数の化合物が日本の研究者によって発見されています。

今回の研究では、猫のマタタビ反応を引き起こす「ネペタラクトール」という活性物質をマタタビから特定し、猫がマタタビのニオイを嗅いだり舐めたりしてスリスリゴロゴロするのは、この物質を体にこすり付けるための行動であることを明らかにしました。さらにネペタラクトールには蚊の忌避効果があり、猫がマタタビ反応をすることで蚊が寄り付きにくくなるということを突き止めたのです。
単にマタタビに酔っているようにも見えた猫の行動に、そんな効果があったとは驚きです!

猫のマタタビ研究概要図

自生するマタタビ
大学から車で10分くらい行けば自生のマタタビの木があり、いつでも新鮮な葉をたっぷり入手できたそうで、この葉から成分を抽出して、活性物質「ネペタラクトール」を発見しました。

マタタビでゴロゴロ転がることよりスリスリすることが重要!

何年もかけて今回の成果にたどりついたこの研究は、どのように進められたのでしょうか?
猫のマタタビ反応を調べるには、猫がいなければ始まりません。今回は宮崎先生の研究室にいる25匹の猫たちが協力しています。そして、猫たちがマタタビの葉にスリスリしたりゴロゴロ転がったりする様子を観察していて、単純にマタタビの成分に反応してゴロゴロしているのではなく、この行動そのものに意味があるのではないかという疑問が湧いてきたといいます。

猫のネペタラクトールすりつけ反応(床)
ネペタラクトールが付いた濾紙を床に置くと、顔をすり付けゴロゴロ転がります。

そこで、活性物質として突き止めたネペタラクトールをしみ込ませた濾紙をケージの壁や天井など高い位置に置いてみると、猫は立ち上がって顔や頭を中心にしきりにすり付けるものの、床には転がりません。このことから、ネペタラクトールを体に付けることが重要だとわかりました。
「床でゴロゴロしている時にも、丸い顔が軸になって結果として転がっている感じです。転がるとネペタラクトールが体にも付くので効率がよいのかもしれません」(宮崎先生)

猫のネペタラクトールへのすりつけ反応(天井)
濾紙をケージの天井に置くと、転がらずに顔を何度もすり付けていました。

猫のお世話より難しかった蚊の管理!

マタタビはすり付けることが重要ならば、今度は、いったいそれは何のために行うのかという疑問がわき上がりました。
マタタビと同じような反応を示すものに「キャットニップ」があります。これはシソ科の植物ですが、蚊避けの効果がある化合物が含まれているという論文を見つけ、「もしかしたらマタタビも虫避け?」という仮説を立てて、蚊を試してみることに。

実験には品種など条件が揃った蚊をたくさん集める必要があるので、ヒトスジシマカやアカイエカなどを専門業者から購入しましたが、お値段なんと1匹100円!宮崎先生の研究室は日頃、猫の研究をしているので、猫たちのお世話には慣れていますが、蚊の管理はこれが初めてで、蚊が逃げ出して自分たちが刺され、「あ、100円分叩きつぶしてしまった!」などハプニングもあったようです(笑)

上野山怜子さんインタビュー
「家にも猫がいたのでマタタビ反応には興味がありました。なぜネコ科動物だけがマタタビに反応するのかなど、今後もさらにくわしく調べていきたいです」

「実験も最初は手探りでした。ある朝、研究室に来てみると、ネペタラクトールが付いているケースに入れておいた300匹くらいの蚊がみんな下に落ちて死んでいたんです。最初は何が何だかわからず、温度や湿度の管理を間違って蚊を死なせてしまったのではないかと焦りました」と上野山さんは振り返ります。
「1匹100円ですから一晩にして300匹で3万円が消えたことに私は悲しくなりました(笑)。けれども、新しく蚊を買い直して実験を進めていくうちに、蚊が死んでしまったのはネペタラクトールの効果だということがわかったのです」(宮崎先生)

さらに、ネペタラクトールが体に付いていると本当に猫が蚊に刺されにくくなるのかを確認する必要がありましたが、「猫たちだけに痒い思いをさせるわけにはいかない」と、宮崎先生と上野山さんも自身の腕を差し出して検証実験を行い、ネペタラクトールによる蚊の忌避効果を、身をもって証明しました。

猫のネペタラクトールすりつけ反応(壁)
「猫の研究を成功させるためには、猫と仲良くなることが一番大事!」という宮崎先生と上野山さんは、毎朝1時間近くかけて自分たちで猫舎の掃除を行っているそうです。

マタタビに反応するかどうかは遺伝が影響

マタタビ反応は猫だけでなく、ライオンでも見られることが知られていて、今回の研究でも、天王寺動物園のジャガー、神戸市王子動物園のアムールヒョウやシベリアオオヤマネコなど、動物園のネコ以外の中大型ネコ科動物でもネペタラクトールによるマタタビ反応が確認されています。

ネペタラクトールに蚊の忌避効果があるのですから、犬もマタタビに反応すれば、犬の宿敵、蚊が媒介するフィラリア症(犬糸状虫症)の予防になりそうです。けれども、「犬にマタタビ」ということわざが存在しないように、残念ながら犬はマタタビには反応しません。
「人、マウス、犬でも検証しましたがいずれも反応はなく、犬は一瞬ニオイを嗅ぐだけでまったく興味を示しませんでした。ネコ科の動物は茂みで潜んで狩りをするので、じっと待ち伏せをしている時に蚊に刺されることもあるでしょう。そんな状況から身を守るためにマタタビを利用するようになったのかもしれません」(宮崎先生)

サバトラ猫とマタタビの葉
上野山さんの愛猫(レモンちゃん)もマタタビに反応。

けれども、なぜネコ科が反応して他の動物が反応しないのかという点についてはまだ解明されていないので、今後の研究成果が待たれるところです。

一方で、中にはマタタビにまったく反応を示さない猫もいます。宮崎先生によると、過去の研究でマタタビ反応は優性遺伝が関係していて、70%程度の猫で反応が見られるといわれているそうです。
「うちの研究室でも25匹中、反応したのは18匹で7匹が全く反応しません。マタタビ反応を示す遺伝子はまだ見つかっていないので、これについても現在調べています」(上野山さん)

マタタビで猫は「ハイな気分」。でも依存性はない!

マタタビは猫のストレス解消や爪とぎ器に慣らす時などに効果があるとして、粉末や枝、実、液体、マタタビ入りおやつなどが市販され、人気の嗜好品の一つとして広く浸透しています。我が家でもときどき、マタタビの粉末をオモチャに付けて遊ばせますが、マタタビのニオイを嗅いだり舐めたりしながら、うっとりした目つきでやや興奮気味にオモチャに猫キックを食らわせてストレスを発散しているように見えます。

マタタビ入りおもちゃを抱える茶白トラ猫

猫によっては激しく興奮したり、よだれを垂らしたりすることもあるうえ、ネットで検索すると「危険性」というキーワードも出てくることから、心配になってマタタビを与えることをためらう飼い主さんもいるようです。マタタビに反応している時、猫はどんな気分なのでしょうか?

「今回、マタタビ反応を示している猫の血液から神経伝達物質についても調べましたが、βエンドルフィンが上昇していることがわかりました。これは人では『多幸感』をもたらす物質で、ランナーズハイの時などにも出ていることで知られていて、モルヒネのような作用をもち、鎮痛効果があることもわかっています。猫はネペタラクトールを嗅ぐと体が勝手に反応して、βエンドルフィンが出るようです」(上野山さん)

つまり、マタタビに反応している時は猫も「ハイな気分」になっている可能性が高いというわけですね!ちなみに、βエンドルフィンは「脳内麻薬」とも呼ばれますが、猫のマタタビ反応は長くても5~10分程度なので依存性や中毒性はなく、マタタビそのものに毒性もないので食べても問題はないそうです。

今回の宮崎先生たちの研究成果によって猫のマタタビ反応についてさまざまなことがわかりましたが、なぜネコ科動物が反応するのかについてはまだ謎に包まれたまま。蚊だけではなくノミやマダニの忌避効果なども調べるために、マタタビ研究はまだまだ続けられるそうです。今後の発表も期待しています!

宮村美帆

フリーエディター、愛玩動物飼養管理士 動物好きの両親の影響で、子どもの頃から、犬、小鳥、ハムスター、鈴虫、錦鯉など、何かしら生き物がいる環境で育つ。動物看護師として2年間の動物病院勤務を経験した後、猫の月刊誌『CATS』の編集者に。その後、人と動物の今を考える雑誌『季刊リラティオ』の編集などを経てフリーランス。エディター、ライターとして、ペット(動物)、児童書(図鑑)、実用書、デジタル情報辞典などを手がける。 ずっと犬派だったが、動物病院勤務で猫の魅力に目覚め、猫雑誌の編集でどっぷりハマる。獣医…

tags この記事のタグ