初めまして。編集者・ライターの本木文恵です。この度、猫の本専門出版「ねこねっこ」を設立し、第1冊目となる書籍『猫からのおねがい 〜猫も人も幸せになれる迎え方&暮らし』を2020年3月24日に発売しました。
photo/Riepoyonn
『猫からのおねがい』は、「猫と人との穏やかな暮らしが、広く、深く、『根付く』ように」という、ねこねっこの理念をそのまま反映した本です。人の暮らしの移り変わりの影響を受けて、猫の生活にも変化が起きている。そうした現状を踏まえながら、未来に向けて猫と人とがよりよい関係性を築いていくためにできることを1冊の本にまとめました。
2020年6月に施行される動物愛護管理法に関する内容など、猫を取り巻く最新の情報も取り入れたので、これから猫を飼う方にとっては初めて目にするフレーズもあるかと思います。ですが、Instagramでも大人気の猫“アメカヌちゃん”(アメリちゃんとカヌレくんのきょうだい)と、そらくんの3匹のかわいいビジュアルもたっぷりですので、難しく考えず、癒されながら読んでいただければ嬉しいです。
この本の監修者は、PetLIVESでもおなじみ、猫専門病院「東京猫医療センター」(東京都・江東区)の院長・服部幸先生。今回、出版を記念した服部先生との対談を行いました。
じつは新型コロナウイルスの感染拡大から一度は中止判断となったのですが、服部先生から「今できることをしっかりやることが世の中を停滞させないためにも大事」「少しでも猫好きさんのためになるニュースを届けられれば」という力強い言葉をいただき、オンライン対談が実現しました。『猫からのおねがい』とセットで、ぜひお読みください!
*2020年3月30日対談時点での情報です。
東京猫医療センター院長 服部 幸先生
2003年北里大学獣医学部卒業。動物病院勤務後、2005年より SyuSyu CAT Clinic 院長。2006年、アメリカのテキサス州にある猫専門病院「Alamo Feline Health Center」にて研修プログラム修了。2012年「東京猫医療センター」を開院し、2013年には国際猫医学会よりアジアで2件目となる「キャットフレンドリークリニック」のゴールドレベルに認定された。著書に『ネコにウケる飼い方』(ワニブックス PLUS新書)、『猫の寿命をあと2年のばすために』(トランスワールドジャパン)、監修に『ネコの看取りガイド』(エクスナレッジ)ほか。
「動物愛護管理法」の改正、獣医さんから見ると?
本木:制作に時間がかかり、監修いただいた服部先生も大変な思いをされたであろう『猫からのおねがい』。まず率直にお聞きしますが、完成したものをご覧いただいて、いかがですか…?(ドキドキ)
服部先生:手がかかった本ほど思い入れもありますよ(笑)。猫の本って世の中にもういっぱいあるし、出尽くしたなぁと思っていたけれど、この本は新しい情報を盛り込めた点がいいですよね。ちょうど動物愛護管理法が2019年に改正されたり(2020年6月から施行)、国内でも流行り始めているSFTS、年々ひどくなる猛暑、販売される猫へのマイクロチップの装着義務化とか、タイムリーな話に触れることができたなぁと。
本木:改正法成立後、環境省で行われる動物愛護部会の傍聴を重ねて、校了ぎりぎり…というかちょっと過ぎてまで、最新情報を反映させました。獣医さんの視点から、動物愛護管理法の改正の話題ってどう感じますか?
服部先生:法律の面って、どちらかというと保健所や動物愛護管理センターの公務員獣医さんたちはくわしいと思うけれど、いわゆる民間のふつうの獣医さんはあまり知らないことが多いんですよね。
本木:獣医さんが大きく関係する部分として、みだりに殺された・傷つけられた・虐待されたと思われる動物を発見した場合の都道府県への通報が、今回の改正によって「義務」となりました(第四十一条の二)。実際、虐待されていると思われる猫が、動物病院へ連れて来られることは?
服部先生:見逃している可能性が絶対にないとは言い切れないけれど、今のところ「そうだ」と感じたケースはないんですよね。うちの病院に猫ちゃんを連れてくるのは、猫を大切にして健康維持や治療したい方ばかりで。そういった方とお話しすることが多いけれど、猫を捨てちゃったり、大切にしない方とはお話しする機会がない。
でもだからこそ、獣医さんを含めていろんな方が法律の面もしっかり知ることができるというのは、この本のよかったところかなと思いました。
ペットの防災に、現実的に取り組んでほしい
本木:服部先生が、本書にとくに盛り込めてよかったと感じた内容は?
服部先生:ペット防災ですね。大きい地震もこれまでは一生に一度経験するかどうかで、東日本大震災でも現地では問題になっていたけれど、日本中の飼い主さんが自分も被害に遭う可能性を考えて真剣に対策を考えたわけではなかったはず。
でもその後、熊本地震があったり、2019年の台風19号があったりと、嫌な話だけれど災害がどんどん身近になってきていますよね。
本木:これまでのペット防災の情報は、地震を想定し、犬猫は屋外への避難を前提としたケースが多かったですが、近年頻発する大雨による洪水、台風19号を経て、風水害時の屋内避難への対応も考えないといけなくなりました。
服部先生:大雨や洪水が毎年のように発生して、日本のどこかでは大変なことになっている。地球温暖化が進めば、川の近くで氾濫しやすい地域なら毎年避難しないといけない可能性が出てくるかもしれません。そうした水害を考えると、みなさんがリアルに飼い主さん自身と愛猫の命を守る対応を考えていかないといけない。
幸いと言っていいかわかりませんが、台風はいきなり来るわけではなく、2日後、3日後と知ることができるから、まだ対策がたてやすいというのはありますよね。
本木:台風19号では、私の家も水没の危機にあり、初めて猫2匹を連れた同行避難を体験しました。台風上陸の2日前に持ち出す荷物を点検しながら、迷ったこともあるんですよね。シリコンの器を用意していたけれど、子供も連れて、猫が2匹いて、さらに人の荷物も…と考えたときに、その器1つすら「荷物」に感じたり。
同じように迷っている方も多いのではと、服部先生に意見をうかがって記事にまとめたところ、大きな反響がありました(【獣医師監修】猫を連れて避難するときに持ち出したい物)。平時に実際に用意した物+猫をすべて持ってみて本当に運べるのかを、飼い主さんに試してもらいたいです。
腎臓病、膵炎…。中〜高齢猫がかかりやすい病気
本木:『猫からのおねがい』から、改めて掘り下げてみたいポイントをいくつか。まず、猫の高齢化による病気の傾向で、気になる点はありますか?
服部先生:「慢性腎臓病」は、もう珍しい病気ではないですよね。30年前に比べてすごく増えているというデータもあります。ただ、この「増えている」は、かかる猫ちゃんが増えたのか、早期に発見できるようになった結果増えたのかは、よくわからない。
本木:腎臓病を早期診断できるSDMA(対称性ジメチルアルギニン)の検査が導入されたりと獣医療の発展もあるし、一方で、室内飼いの猫が増えて飼い主さんが多飲多尿などの異変に気づきやすくなったことも関係ありそうですよね。飼い主さんの猫の健康を守りたいという意識も高まって、猫を動物病院へ連れていく機会も増えていそうです。
服部先生:膵炎(すいえん)も、高齢猫というよりも中〜高齢期の猫で増えている印象がありますね。1才の若い猫や、逆に20才の超高齢猫になってからの発症はあまり見ません。
本木:膵炎の検査は、うちの猫(14才)もこれまで何度か受けています。吐く回数が増えるといった症状から発見することが多いでしょうか?
服部先生:そうですね。それと、食欲が無くなったり。
あとは、高齢化と関係するかはわからないけれど、尿管結石ができてしまう猫は、日本だけではなく、世界的な傾向として増えているみたいですね。理由はまだ明確な根拠がないのではっきりとは言えないけれど、食事の種類が関わっているのだと思います。ドライフードを食べる猫ちゃんが多いので、水分摂取量の不足も関係しているのかもしれないです。
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遺伝性疾患は、スコティッシュフォールドだけじゃない
本木:本書では、内容はもちろん、あらゆる立場の方が見たときに違和感がないか言葉遣いまで含めて、服部先生と何度も原稿を往復させながら練り上げた箇所があり、その一つがスコティッシュフォールドや純血種の遺伝性の病気「品種好発性疾患」でした。
服部先生:純血種に対する考え方は人によって差があるので、全ての人が納得することはできないけれど、大事に飼っている方が傷つかないような注意喚起の方法がいいですよね。
純血種の品種好発性疾患というと、スコティッシュフォールドの骨軟骨異形成症が上がりやすいですが、その理由には、耳が折れている、特有の“スコ座り”をするといった「見た目の派手さ」や人気猫種であることも関係しているのだと思います。骨軟骨異形成症で足が痛いという症状はわかりやすいけれど、例えば心臓や腎臓などの内臓の異変は見た目からよくわからないし、遺伝のせいかどうかふわっとしている。
だから、他の品種に多い品種好発性疾患はスルーされるけれど、スコティッシュフォールドだけは指摘されやすいというのがあるんですよね。どんな猫種であっても、病気の覚悟をもたないで飼うのが一番よくないです。
本木:この本では書ききれませんでしたが、スコティッシュフォールドは鼻血が出やすいという指摘もよくされています。
服部先生:僕も診察した経験があるけれど、鼻血は「よく出る」というか、「出ることはある」。出ない子のほうが多いと思いますよ。
鼻血が出るといっても、スコティッシュフォールドだからといって鼻に腫瘍ができる可能性がないわけではない。腫瘍やほかに鼻血が出るような大きな病気の可能性がないか確認をしてから初めて、「スコティッシュフォールド特有の体質によるもの」という診断をしないといけないんです。
予防医療としても考えたい「環境エンリッチメント」
本木:『猫からのおねがい』では、室内飼いでも猫がいきいきと幸せに暮らせる工夫を「環境エンリッチメント」という概念を用いて解説しました。
服部先生:環境エンリッチメントという概念自体はそれほど新しくはないと思うんですけど、ちょうど「JSFMねこ医学会」でも、今、同じようなテーマで看護師さんたちが取り組んでいます。
猫の「予防医療」というと、ワクチン接種やノミの予防と思われやすいけれど、広い意味での予防は「病気にならなくする」こと。環境を整えて猫を不満にさせないとか、ストレスを軽減させようとかまで踏まえて「予防」と捉えていこうと。
『猫からのおねがい』も、漠然と「いい環境にする」だけではなく、ここまで飼い主さんのできる工夫を突っ込んで書いたところがいいと思いました。
本木:ありがとうございます。本書の「環境エンリッチメント」で、飼い主さんにとくに重視してほしい点ってありますか?
服部先生:トイレ環境づくりや、水を飲んでもらう方法とかも重要ですけど、「コミュニケーション」じゃないですかね。コミュニケーションは、猫ちゃんに無頓着だとできない。スキンシップをとって関係を深めたり、遊んで狩猟本能を満たすという「効果」も大事ですが、接することによって愛猫をよく観察することができるから。
本木:見ることで猫の体や動きに異変がないか、どんな好みがあるかとか、いろんなことに気付ける、と。環境づくりだけではなく、コミュニケーションもまた「予防医療」として考えていけそうですね。
新型コロナウイルス感染拡大の影響下で、在宅勤務する飼い主さんも増えています。大変な状況ではありますが、前向きに捉えるとしたら、今がしっかり愛猫を見つめる時期ともいえますよね。ありがとうございました。