近年、「動物愛護」をめぐる活動が活発になるにつれ、それに意識を寄せる人も少しずつ増えてきました。「殺処分される犬猫の数を減らしたい」「人と動物がよりよく暮らすには?」…。しかし、課題はまだまだ山積みです。今後はどう向き合ったらいいのか。そのヒントとなるようなセミナー(主催:株式会社Mr.Mac/ミスターマックアカデミー)が開かれました。
セミナーは、主に動物の保護活動をしている人たち向けではありますが、広く一般の飼い主さんたちにも知っていただきたい内容になっています。なぜなら、保護された犬猫を家庭に迎えるのは、多くが一般の飼い主さんなのですから。
この記事では、セミナーの前半、『施設の中の動物たち』と題した西山先生の講演についてご紹介します。
日本においては、6月に動物愛護法の改正があり、8週齢規制が導入されることになりましたが(ただし、天然記念物指定を受けている日本犬は除く)、各種基準の具体化や数値化については目下検討が重ねられている最中です。それをどう具体化していったらいいのか。そのための良い参考となるお話になっています。
西山ゆう子先生
獣医師(アメリカ、日本)、シェルターメディスン専攻、獣医法医学認定医。長年にわたり、動物愛護や動物虐待、医療ネグレクト、地域猫などの問題に関わり、それらをテーマとした講演や執筆活動も行っている。『不妊去勢手術の母』とも呼ばれる。
「殺処分“ゼロ”」がゴールではない
「収容室の壁が動いて、殺処分機へ運ぶボックスの中に犬たちを押しやるんですよ。でも、犬はそれを察知して動かない。だから、ホースで冷たい水をかけ、子犬や老犬から、やがて成犬も濡れながら滑り落ちていく。床には、そうして最後までもがいた犬たちの爪痕が残っているんです…」
これは、西山先生がかつて目にした光景だそうです。
現在では、保護された犬や猫たちが新しい家族を得るチャンスも増えてはいますが、課題があるのも事実で、その一つが動物を保護する施設の環境・管理であると西山先生は指摘します。
『小さな命を救いたい』、その大義はいいとして、「殺処分“ゼロ”という数字にばかりとらわれ過ぎ、その施設のキャパシティーを超えてまで動物を受け入れることは、1頭1頭に対するケアの質も落ちることになり、ひいては動物愛護の質そのものが落ちることにつながりかねない」と。
そもそも、『動物に与えられるべき5つの自由』という世界的理念(上の画像)がありますが、それを動物の保護施設に置き換えると、以下(下の画像)の要素が必須だと西山先生はおっしゃいます。
殺処分の数を少しでも減らし、保護犬猫たちに新しい棲み処を与えてあげるには、これらが満たされてこそ、ということです。
基準や数値を具体化するために考慮すべき「施設の環境」「動物」「管理」
では、今後、基準や数値を具体化していくためには、その他、何が大切となるのでしょうか?特に、「施設の環境・動物・管理、これらはしっかり網羅するべきである」と西山先生はおっしゃいます。それは具体的にどういうことなのか、海外の実例を交えてお話くださいました。
1.施設の環境:飼育環境に関して数値的なガイドラインがある
ここで言う環境には飼育スペースの他、伝染性疾患の予防を含む衛生管理なども含まれますが、以下の囲み内にある数値は世界的な基準になっているそうです。
【犬猫の飼育環境に関する世界的な基準】
飼育保管スペース
犬:最低3.2~5.9平方メートル/1頭
猫:最低70平方センチ~1平方メートル/1頭(猫では多頭部屋の場合、8頭まで)
床
掃除できる床で、木の素材は不可
温度・湿度
15.5℃~26℃未満・30%~70%
アンモニア
2ppm未満
ちなみに、アメリカでは、犬を飼育するのに最低限必要なスペース(面積)を求める計算式も用意されています。詳しく知りたい方は、アメリカ合衆国農務省ホームページで確認してください(英語/イラストのある部分)。
2.動物:保護施設のスタッフが世話をできる頭数や時間の平均
動物の福祉を考えるならば、1人のスタッフが何頭の世話ができるのか、1頭の世話にどのくらいの時間をあてるのか、この基準も大切であり、世界的な平均は1頭につき30分だとか。
たとえば、5人のスタッフがいたとして、1人が1日4時間、週に5日間労働をするとした場合、その施設が受け入れる動物の数は40頭が妥当だそうです。
3.管理:1頭にかかる平均費用から受け入れ可能な頭数を判断
また、施設全体の管理はもちろんのこと、資金面の管理も重要な要素となります。たとえば、1頭の世話につき、譲渡に至るまでの日数なども踏まえた平均的費用を算出し、「予算÷1頭分の費用」で、その施設が受け入れを許容できる頭数を出すこともできるとのことです。
上記3つのポイントの他、動物保護施設の運営には、個体識別の管理や1頭ごとのカルテ作成、入所出所条件の明確さ、動物の社会化やトレーニング、一般への啓蒙活動、ボランティア教育、会計報告などが大切であり、かつ、それらを考慮することは世界的基準でもあるといいます。
保護団体の活動状況をクリアにする全米統一の報告書『アシロマー統計』
ところで、保護施設が前出のような各ポイント要素に留意しつつ運営していたとしても、それがクリアでなければ一般の人には施設の善し悪しがよくわかりません。
アメリカにおいても15年ほど前までは、保護施設の活動内容がよくわからない、そのために寄付しようにもどこが良いのか選びづらい、果ては団体同士の摩擦や寄付に絡んだ詐欺などもあり、混沌とした状況だったようです。
そうした背景の中、2004年に全米の動物保護団体の協議により生まれたのが、『アシロマー統計』と呼ばれるもの。
保護施設に入ってくる動物を、
[1]生後8週齢以上で医学的・性格的ともに健康な個体
[2]治療や再トレーニングは必要だが譲渡可能な個体。または、そうした問題があっても承知の上で飼ってもらえそうな個体
[3]重篤な病気や、行動・性格の問題があり、譲渡は難しい個体
に分けた上で、それぞれの入ってきた数や出ていった数、死亡数、その他収支など必要事項の統計を出し、報告書として公表されているのです。
たとえば、この統計を見た時、
・[1]の入ってくる数が多ければ飼い主による飼育放棄が多い
・[2][3]の入ってくる数が多いと、地域の不妊去勢率が満足でない
・[1][2]の入ってくる数は多いが、[1]として出す数が多いのは評価できる団体
・[2]の出ていく数が少ないなら施設崩壊を招きやすい
・[3]が多く数が出て行かないのは看取りや引き取り施設?
など、施設の特徴や地域の問題も理解しやすくなるのだとか。
違反者の告発や免許没収などの権限をもつインスペクターの存在
そして、日本にはないものがもう一つ。それは、不適切な動物飼育をする人への指導や、違反者の取り締まりなどを専門に行う仕事の存在です。日本では「アニマルポリス」と言われることがありますが、アメリカでは「アニマル・コントロール・オフィサー(ACO)」、ヨーロッパでは「インスペクター」と呼ばれます。
警察ではないので、違反者の逮捕はできないものの(逮捕が必要な時には警察と連携して職務を遂行)、地方自治体に属する職員として、通報の受付や警告、罰金、営業停止などに対応でき、アメリカにはそのための専門学校もあるそうです。
以上が西山先生のお話となります。
今後の日本の動物愛護・動物福祉の発展のためには、まだまだ改善点がたくさんあることがおわかりいただけるでしょう。基準や数値を具体化していくにも、ただそれを待っているだけではなく、現場から変えていくように努力することが一番の近道なのかもしれません。しかし、それはなにも保護活動に携わる人たちだけに関するものではないはずです。
西山先生は、「5つの自由を守りながら、自分ができる範囲で、1頭1頭の動物に責任をもって世話をすること。それができてこそ、ほんとうの動物愛護だと思います」とおっしゃいます。
まずは、自分のコを大切にし、愛すること。動物愛護の根っこは、みなさん一人一人の中にあるのではないでしょうか。それをどう育てていくかは、みなさん次第ということでしょう。
<セミナーのご案内>
※セミナーは終了しました
Mr.Macアカデミー第35回
「犬と暮らすということ 第3弾」
日時:2019年9月19日(木)18:30~20:30
場所:渋谷区文化総合センター大和田 学習室1
参加費:2,500円詳細・チケット購入はコチラから
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