「ほめるしつけ」を越える!? 犬の気持ちにアプローチするポジティブトレーニング


近年、「犬のトレーニング」はずいぶん世の中に浸透してきました。そしてその方法も時代とともに、どんどん変わってきています。

犬のしつけ方教室 スタディ・ドッグ・スクールⓇは、10月29日(土)に、同スクールの代表でもある鹿野正顕氏(学術博士)を講師に『スタディ・ドッグ・スクールセミナー/「ほめるしつけ」を越えたポジティブトレーニング〜Emotion Management〜と題したセミナーを開催。スクールの生徒さん、学生、トレーナー、獣医師などが参加しました。

鹿野さん今回のセミナー講師、スタディ・ドッグ・スクール代表 鹿野正顕氏

 

20年前のトレーニング手法は陰性強化法

先生曰く「20年以上前は一般の家庭犬はほとんどトレーニングをしていなかった」と言います。当時のトレーニングは警察犬など特定の使役犬を育成するためのもので、まれに家庭犬でも訓練をしている犬はいましたが、今のように、飼い主自身が犬に教えるのではなく、訓練所に預ける形式。一緒に暮らしやすい犬に育てるという目的ではなく、「訓練所に犬を預けている」というのが一種のステイタスだったようです。

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当時は人の指示に従わせることを目的としたオビディエンス・トレーニング(服従訓練)、犬はオオカミから家畜化したものなので、飼い主にも群れのリーダーとして上下関係を保つことが重要視され、犬に優しく接することはタブーでした。いまと真逆の陰性強化法を中心としたトレーニング手法だったのです。

 

番犬から家族となるにつれ、ほめてしつける陽性強化法へ

しかし1990年代後半くらいに、トレーニングに対する考え方は大きく変化してきました。ゴールデン・リトリーバーなどの大型犬を室内飼養する家庭が増えた時代です。

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番犬という立場から、家族の一員となるにつれ、トレーニングとは人との共生のために必要な教育(問題行動の予防)になってきました。力でねじ伏せるのではなく、犬の望ましい行動をほめて、犬が喜んで行動するように仕向ける自発性、自主性を促すトレーニング法に変わってきたのです。いわゆるほめてしつける陽性強化法です。今では、人と犬の関係はオオカミのような上下関係ではなく、むしろ「母子関係」に近いのではないかといわれています。

 

ほめるだけで本当にうまくいくのか、という疑問

ここまでは従来のセミナーでも聞かれる内容でした。鹿野先生の面白いのはここからです。

鹿野先生は犬のしつけに関する研究で博士号を取得した人ですが、その先生自身が最近、ある疑問にぶち当たったそうです。それは「果たしてほめるだけでいいのか?本当にしつけってそれだけでうまくいくのか」ということ。

鹿野さんセミナースライド

つまり、望ましいことをしたら→ほめる。しかし、望む行動をしなかったときはどうすればいいのか。言うことを聞かなかったらほめようがありません。

またコマンド・トレーニング(人が指示したことをやらせる)の場合、飼い主が指示を出せないお留守番中はどうすればいいのか。そもそもいつも指示ばかりだしていたら飼い主は疲れてしまうし、コマンドでなんでもかんでも言うことをきかせるのは犬にとって幸せなのか。陽性強化は万能なのか。と、鹿野先生は考えたわけです。これがこのセミナーのタイトルとなった「ほめるしつけ」を【越えた】ポジティブトレーニング、なのですね。

鹿野さん2休憩時間にも聴講者からの質問に熱心に応じる鹿野先生

行動面だけでなく犬の感情面も大事ではないかと先生は言います。陽性強化が主流のこの時代にこのテーマを発表するというのは、鹿野先生にとってもチャレンジングなことでしょう。ただ鹿野先生は、ぶったり怒ったりするような陰性強化を提案するわけではないので誤解なきよう。

 

「ほめるしつけ」を越えたポジティブトレーニングとは?

そこで、鹿野先生が提唱するトレーニング方法がどんなものか、「恐怖・不安・警戒心を取り除く」場合です。

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負の感情がでているときというのは、陽性強化法を使うのが難しいです。なにしろ「怖い!」という感情は「嬉しい」よりパワーが強い。生命の危機を察知するための感情なので当然といえます。この「怖いよぅ」「もうやだ!」という感情を消さない限り、嬉しいというプラスの気持ちにはなれません。幼児と同じですね。プラスの気持ちが出てこないことには、陽性強化、つまりほめるチャンスがありません。

よく、恐怖心によって生じる行動をコントロールする際にも、コマンドトレーニングを紹介されることがあります。たとえばクルマの音が怖いという犬に、クルマの音が聞こえる場所で、飼い主に集中(アイコンタクト)したり、お座りができたらほめる(おやつをあげる)のですが、恐怖心を感じている犬は、まずはその場から逃げ出すことが最優先になるため、この方法ではうまくいきません。

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そこで鹿野方式では「拮抗条件付け+脱感作」の合わせ技を使います

まずクルマの音が少ない裏通りに行き、望ましい行動をしなくてもいいから、どんどんおやつをあげちゃうのです。しかも苦手な気持ちを払拭できるような特別に魅力的なおやつをどんどんあげる。道路にいても、ビビる気持ちよりもおやつがもらえて嬉しいということをまず学習させます。

クルマの音が気にならなくなってきたら、徐々にクルマの音がうるさい大通りに移動し、犬の名前を呼び、ちゃんとこっちを見たらおやつをあげる。アテンションを向けさせる練習に移っていきます。

道路にいても、クルマの音が怖い感情よりも、たくさんおやつをもらった嬉しい感情が勝るようになり、さらにトレーナー(飼い主)に名前を呼ばれることでクルマの音から気がそれて、恐怖心に打ち勝つことができるようになるわけです。

鹿野さんセミナー懇親会セミナー修了後に懇親会も。トレーナー同士など、横のつながりができる貴重な時間

 

ビビりの愛犬クーパーで試してみた!

そういえばうちのクーパー(ジャーマン・ショートヘアード・ポインター)は、6歳半になっても、まだ都会の雑踏は苦手です。個人個人は怖くはないのですが、人がたくさんいてザワザワしている駅前やイベント会場は怖くてしっぽが下がります。

イベントクーパー_400人混みの苦手なクーパー、青山のPET DAYイベント(11/20)(主催:PET DAY 実行委員会、一般社団法人Do One Good)に社会化トレーニングのために行く

そこで! 鹿野方式を試してみました。まずイベント会場の奥のすいている場所によけます。そこで犬のイベントに出店している複数の人に頼み、その会場で買ったおやつをその場で開けて、どんどんクーパーに与えてもらい、そして撫でてもらいました。

クーパーイベント2_572「おにーさんにおやついっぱいもらった!」

そうしたら、あらら、往路より帰路の方が、イベント会場を横切る雑踏に対しての恐怖心が減り、クーパーの心に少し余裕があったように見えました。鹿野先生のトレーニングとはこれのことかしら!?

クーパーイベント3_572「おねーさんにいっぱい可愛がってもらった!」

イベント会場は怖いけれど、知らない人にいっぱいおやつをもらい、可愛がってもらった→雑踏でもいいことがあるんだ!→それならそこまでビビることはないかな。と、クーパーが学習してくれていたら大成功。

恐怖や不安の対象を避ける生活をしていればトレーニングはしなくてもいいと思っている飼い主さんもいるかもしれません。でも負の感情が少しでも減り、ポジティブに生きられる方が犬にはストレスが少ない生活になるはずです。うちのクーパーも同じくです(自戒を込めて)。これからも練習を続けたいと思います。

もっと詳しくこのトレーニング法について知りたいなと思ったら、ぜひスタディ・ドッグ・スクールに尋ねてみてくださいね。

 

白石かえ

犬学研究家、雑文家 東京生まれ。10歳のとき広島に家族で引っ越し、そのときから犬猫との暮らしがスタート。小学生のときの愛読書は『世界の犬図鑑』や『白い戦士ヤマト』。広告のコピーライターとして経験を積んだ後、動物好きが高じてWWF Japan(財)世界自然保護基金の広報室に勤務、日本全国の環境問題の現場を取材する。 その後フリーライターに。犬専門誌や一般誌、新聞、webなどで犬の記事、コラムなどを執筆。犬を「イヌ」として正しく理解する人が増え、日本でもそのための環境や法整備がなされ、犬と人がハッピ…

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