昨年、殺処分や安楽死を含めたアニマル・ウェルフェア(動物福祉)をテーマとした「フォスターアカデミースペシャル2019 ~犬と猫のアニマル・ウェルフェア~」が開催されました。
滝川クリステルさんが代表理事を務める「一般財団法人クリステル・ヴィ・アンサンブル」が運営するもので、保護犬・保護猫のフォスター(一時預かりボランティア)の育成や支援を目的としたセミナーです。今回は、動物と暮らす飼い主さんだからこそ知っておきたい「安楽死」にフォーカスして、このセミナーをレポートします。
ドイツの動物シェルター「ティアハイム ベルリン」とは?
基調講演はドイツの動物シェルター「ティアハイム・ベルリン※」です。スタッフであるアネッタ・ロストさんが登壇し、施設で働く動物看護師の野原真梨花さんが通訳を担当しました。
※Tierheim Berlin -the biggest and most modern shelter in Europe, –assignments and challenges
ティアハイム・ベルリンは1841年に設立されたヨーロッパ最大の動物シェルター。犬猫に加え、ウマ、ロバ、鳥類、エキゾチックアニマルなど、1400頭の動物が保護されています。
ティアハイムでの安楽死は、医療的観点から治療不可能な苦痛や重度の行動障害がある場合、動物保護センターの倫理委員会によって検討されます。「できる限りを尽くしても動物が生きる喜びを感じられず、苦しんでいる場合のみ検討が行われます。これも動物保護の一つです」と述べました。
ロストさんは滝川さんから安楽死について聞かれ、譲渡に適さないことが理由で執行されることはないと回答。「9年間も施設にいる犬は、犬舎ではなく仕事場でもフリーにさせています」と微笑んでいました。
「動物のニーズ」を客観的に判断する5つの基準
帝京科学大学生命環境学部アニマルサイエンス学科の准教授、加隈良枝先生からは、アニマル・ウェルフェアの基礎知識の説明がありました。「動物福祉の考えは、肉体的・精神的に健康で幸福であるかどうか。幸福な状態は動物によって異なりますが、評価の指標となるのが『動物のニーズ』です」とのこと。
「動物のニーズ」は、①身体的なニーズ、②社会的なニーズ、③心理的なニーズ、④環境に関するニーズ、⑤行動上のニーズの5種類。これらが満たされているかどうかを、動物の福祉を評価する指標となる「5つの自由※」をもとに検討していくことで客観的な判断ができます。
※5つの自由:[1]飢えや渇きからの自由 [2]不快からの自由 [3]痛み・傷害・病気からの自由 [4]恐怖や抑圧からの自由 [5]正常な行動を表現する自由
その結果、安楽死が必要になることもあります。「動物愛護の発想で命があるかないかということばかりに目を向けると、動物の幸せがないがしろになってしまい、人間のエゴのために動物が苦痛を感じ続けることになりかねません」と訴えました。
動物病院で行われている安楽死の実態
「臨床現場での安楽死」について、帝京科学大学の准教授であり、くずのは動物病院院長でもある佐伯潤先生が登壇。日本小動物獣医師会が行った動物病院へのアンケートの結果をもとに、安楽死の状況について報告がありました。
調査結果を見ると、安楽死を実施している獣医師は98.9%で、「安楽死を提案することもある」という回答は72.8%。ただし飼い主の都合による健康な動物の安楽死に応じるのは0.3%で、状況によるという回答は21.8%でした。
続いて安楽死の条件を見ていきます。
【安楽死の条件】
・動物の苦痛、QOLの低下:166名
・治療による回復が見込めない:163名
・飼い主の苦痛や状況:72名
・家族全員の同意:53名
・飼い主からの依頼:32名
・主治医であること:21名
(小動物臨床現場における伴侶動物のアンケート調査/回答数280名)
安楽死を実施する条件では、がんなどの苦痛が大きい病気の末期や、認知症で昼夜逆転した犬の介護や、飼い主の高齢化による負担が多くを占めていました。
安楽死の是非については、消極的な肯定も含めて80%以上の獣医師が認めている一方、消極的な反対も含めて約7%の獣医師が否定の立場であることも明らかに。安楽死を実施しないという回答もありました。
「回復の見込めない病気で動物の痛みが強い状況にもかかわらず、主治医が安楽死を実施しない立場だった場合、飼い主さんが困ることになります。私は実際にそのような飼い主さんからご連絡を受けたことが何度かあります。動物を連れて来院していただき、診断結果の確認や診察を行ったうえで安楽死せざるをえないと判断し、処置をしたこともありました」と佐伯先生。
ときには主治医として予後不良や苦痛などをもとに安楽死の提案を行うことも。「ご家族全員の同意を複数回確認しています」と、同意の重要性を語りました。安楽死の対応は診察時間が終わってから院内で行いますが、主治医として長く診てきた場合は、飼い主さんの希望に応じて自宅にうかがうこともあるとのこと。
当日は家族全員に再度意思確認を行い、お別れの時間を十分にとってから鎮静剤を投与。聴診や瞳孔、心電図を確認し、動物が亡くなったことを家族に伝えてから遺体を清拭。最後に動物の思い出や飼い主さんへの慰労の言葉をかけて、院内のスタッフ全員でお見送りをするようにしています。
「私個人の気持ちでは、安楽死は獣医師に認められている最後の医療だと思っています。しかし、動物を助けたいという思いもあります」と正直な気持ちを吐露しました。一生懸命治療してきた動物が亡くなると堪えるそうです。
「飼い主さんには、私の家族の一員であっても安楽死を選択したと伝えます。『獣医師である私が、安楽死がこの子を苦痛から解放することだと判断しました』と。飼い主さんが思い返したときに、ご自分を責めることがないような言葉をかけています」
佐伯先生は進んで安楽死を行なっているわけではありませんが、他の臨床獣医師より積極的に考えているそうです。その理由は、臨床の獣医師が安楽死を行わなかった動物が、行政に持ち込まれて処置されていることを聞いたからだとか。「そのような状況は、動物、飼い主、行政の獣医師にとっても不幸なことです。家族の一員として見送らせてあげたい、生きた証を家族に残すことが、その子の生きた意味になるという思いがあります」と語りました。
動物福祉に安楽死を加えた「6つの自由」
続いて「動物福祉と安楽死」について、日本獣医生命科学大学の助教、田中亜紀先生が登壇しました。アメリカで17年間にわたり、シェルター・メディシン(動物保護施設での獣医療)や動物虐待、災害獣医学を研究し、動物福祉と向き合ってきました。
「安楽死とは何か?私は大学でサイエンスであり医療であると教えています。安楽死は動物への尊厳を持って、獣医師が行う医療です。その動物にとって苦痛のない安楽死の方法を考えるのが我々獣医師であると思います」と語りました。
アメリカでもシェルターに対して殺処分ゼロ(NO-KILL)のプレッシャーが強く、安楽死をしづらくなっているのが現状だそうです。ときにはシェルターのスタッフに脅迫状を送ったり爆弾を仕掛けたりする事件もあるほどだとか。地域の動物の問題が解決しない中で安楽死が行えない状況になり、苦痛を伴う死や多頭飼育崩壊が起きているそうです。
「動物福祉では『5つの自由』が有名です。しかしシェルターでの福祉は、安楽死を加えた『6つの自由』という考え方が浸透しています」と、科学と医学の視点から話していました。
最後に本セミナーに登壇した6人の講師によって、殺処分ゼロや安楽死についてクロージングセッションが行われました。日本、アメリカ、ドイツの状況を話し合うとともに、一人ひとりが考えて行動することの大切さを伝えて幕を下ろしました。