ペット住まい設計のパイオニア 一級建築士・金巻とも子さんに訊く 猫と暮らす家づくりの極意【後編】

【前編】【後編】

猫と暮らす家づくりのパイオニア、一級建築士で家庭動物住環境研究家の金巻とも子さんちへお宅訪問。猫目線の工夫を取り入れて、愛猫マメちゃん、ふくちゃんととともに猫も人も家にとっても楽になる「三楽暮(さんらく)」な暮らしを実践する金巻さんに、猫と暮らす家づくりの極意やテクニックを教えていただきました。

キャットタワーやキャットステップは高さや意味を考える

猫と暮らす空間づくりでは「猫との距離感とタイミング」がポイントだと金巻さんは言います。ベッドや隠れ家など、猫がくつろげる「個空間(一人の空間)」、リビングなど飼い主とのふれあいが楽しめる「家族空間(社会空間)」、高い場所など人から少し距離をとることができる「緩衝空間」があることが大切で、こうした3つの空間を意識して猫に提供することで、安心感が強くなり、猫が落ち着いて過ごせるというわけです。

リビングはソファで区切ることで猫にとっては2つの空間になります。

おっと鉢合わせ!でも、いろいろな場所から降りられるから大丈夫。高い場所は猫だけの空間。多頭飼育の場合、相性の悪い猫同士が上で鉢合わせした時の逃げ道を確保することも大事。設置するキャットウォークは、2匹の猫がすれ違える場所を作り、2方向に降りられるようにすることがポイント。

垂直に降りるスタイルだけでなく、階段の様になだらかに降りられる昇降路も安全のために確保しましょう。我が家のキャットウォークにも3つの種類の昇降路があります。

キャットウォークに「猫溜まり箱」を作ると、寄りかかれるので脱力して眠れるというくつろぎの「個空間」にもなるし、高所を全力疾走する衝動を抑えるワンクッションにもなる。猫溜まり箱からかわいい顔をのぞかせるふくちゃん。
高い場所にも楽しい仕掛けを。金巻さんちの本棚を活用したキャットウォークの上には、猫ベッドや水飲み場もある(水入れは底がシリコン製で滑りにくいものを使用)。

市販のキャットタワーも活用しよう

リフォームなどでキャットステップやキャットウォークを作り付けした場合にも、市販のキャットタワーが1つはあったほうがよいそうです。

「5年後10年後も今の環境と同じとは限らず、仕事や就学など飼い主さんの生活行動や趣味が変われば部屋の環境も変わる可能性もありますよね。すべてが固定されたものだと動かすことができないので、1つは動かせるものがあったほうがいいのです。キャットタワーの場所を動かすだけでもプチリフォームになり、猫にとってはまた新鮮な環境になって喜びます。作り付けで固定だけでなくてファジーにしておくことも大切です」

金巻さんのお宅でも、市販のキャットタワーを窓辺に設置。キャットウォークへの動線の一つに組み込まれています。

ソファも楽しいキャットウォークに

キャットタワーを購入したり、わざわざ作り付けしなくても、猫が楽しめる環境づくりはできます。カラーボックスをいくつか並べて段差をつけることだって、猫目線で見たら立派なキャットステップになるのです。また、金巻さんは、キャットウォークやステップを単なる上下運動のためのものではなく、飼い主と猫のふれあいが深まる「意味のある場所」にしてほしいと言います。

「猫は高い所に上るのが好きなので高さも必要ですが、高けりゃなんでもいいってものでもないんです。猫は床から人を見上げたり、高い所から見下ろすだけでなく、飼い主さんの動きをとてもよく見ていて、居場所を確認しています。人がよく観察できる場所や、人の動きに沿って猫が歩ける道筋を作ってあげるといいですね」

金巻さんがキャットウォークとしてぜひ活用してほしいと話してくれたのはソファ。ソファは猫の爪研ぎの標的になりやすく、どちらかと言えば猫に近寄ってほしくないという人が多いと思うのですが…。

「うちでは廊下を走ってすっ飛んできて、まずはソファの背に飛び乗ります。今日はお客さんが来るので外してしまったけど、いつもは硬めのマルチラグをカバー代わりに掛けて、爪研ぎもOKにしています。飼い主がくつろいでいるときには一緒に側にいたいんですよね。うちではダンナと猫が同じ格好でソファでくつろいでいておもしろいですよ(笑)」

「本当に猫が喜ぶキャットウォークは人の動きがよく見えること。見上げるでもなく見下ろすでもなく、猫が飼い主さんと同じ高さで顔を合わせることも好きで、近寄りたいと思っています。ソファは人がくつろぐ場所であり、ソファの背もたれを伝うと自分のタイミングで安心して飼い主さんの顔に近づくことができます。大好きな人がいつも座るソファは猫にとっても大切な場所なので、爪を研いでカリカリしたり前足でもみもみしたりしてニオイを付けたいのです。ボロボロにされたくなければカバーを付けるなどの対策をしつつ、ソファはぜひとも猫のためにも有効活用してほしい場所です」


金巻さんのお宅でもソファの背は猫たちのお気に入りの通り道。

金巻さんのお宅ではキッチン前のキャットステップも、人の出入りが監視できる猫たちにとって大切な場所。「キッチンカウンターに乗ると私にどかされるので、ここからキッチンの様子を観察しています」
ここでも顔と顔が近づけられるくらいの高さがお気に入り

クレートの隠れ家は災害時のシェルターにもなる

家の中には猫がくつろげる低い位置の隠れ家も用意しましょう。キャリーバッグや頑丈なクレートを日頃から隠れ家として活用して慣らしておけば、動物病院に連れていく時や災害時に避難する時にも大いに役立ちます。(ただし、猫によっては、病院に連れて行かれたキャリーバックを嫌うこともあるので、隠れ家とキャリーバッグを分けて用意する必要があります)

金巻さんのお宅では物入れの下側にクレートを2つ並べて、隠れ家スペースを確保していました。ここならば猫も落ち着けそうですし、地震の時も上から物が落ちてこないので安心です。

「猫は中で体の方向転換ができるくらいの狭い場所のほうが落ち着くので、クレートの隠れ家がおすすめですよ」

「マメは以前住んでいたマンションで東日本大震災を体験しましたが、隠れ家用クレートから2日くらい出てきませんでした。よほど怖かったんでしょうね。だから、ここに引っ越したときに猫が安心して避難できる場所をつくりました。暑がりのマメは床暖房が暑い時や気に入らないことがあるとここに入っています」

タイルカーペットを上手に活用

金巻さんのお宅は真似したくなるインテリアの使い方や猫目線の配慮がたくさんあって、とても勉強になります。特に「すぐにでも取り入れたい!」と興味深かったのが、廊下やリビングにポイント的に敷かれていたタイルカーペットです。お部屋の雰囲気を損なわないシックな色づかいでインテリア性が高いだけでなく、猫目線の配慮や「三楽暮」を実現するさまざまな意味合いが含まれていたのです。

「ペットのいる住まいでは、足腰の負担を考えて、床の材質も何かと話題になります。カーペットは滑らないけれど抜け毛などの汚れがつきやすく、フローリングは掃除しやすいけれど滑りやすい。でも、デメリットも誰かのメリットだから、だったら建材を組み合わせればいいのです。私が掃除しやすいフローリングに、猫が滑りにくいタイルカーペットをアクセントとして取り入れてメリハリを付けています。タイルカーペットならば、猫が吐いて汚したときにもそこだけ洗濯機で洗えるので衛生的。猫たちもフローリングの上を歩いたり、廊下をダッシュするときにはタイルカーペットの上を走ったりなど、どちらも使っています」

「タイルカーペットは吸着加工されていて、ずれずにしっかりと固定され、洗濯しても接着面の強度が弱らないものがおすすめです」

なるほど。猫も足腰の負担を考慮しつつ、掃除のしやすさという人側の利便性をうまく組み合わせていたというわけですね。我が家でも愛猫・ゴロウちゃんがダッシュで部屋中を走り回るとき、フローリングでときどき滑って足を取られているのが気になっていました。これはぜひとも取り入れたいテクニックです。

タイルカーペットの上を悠々とあるくふくちゃん。
「フローリングは掃除しやすいけれど抜け毛やほこりが移動しやすいので、寝室の入口にもタイルカーペットを敷き、室内に毛が入らないようにしています」

1匹でも多くの猫が人と幸せに暮らせるように

近年、ペットと暮らすための家づくりが建築業界や飼い主の間でも注目され、猫仕様の家のさまざまな設計が紹介されたり、関連書籍なども発売されています。金巻さんも昨年、『ねこと暮らす家づくり』(ワニブックス刊、2017年9月)という書籍を出版されました。そこには、今回の取材でも一部紹介したような猫目線での工夫がたくさん紹介されていますが、金巻さんが本当に伝えたいのは「猫仕様のリフォームをしましょう」ではなく、「猫目線で少し室内を工夫すれば猫と幸せに暮らせます」ということだと言います。

「最初にもお話ししたように、ペット用の設備がなければ猫と暮らせないということではないんです。今、日本中で『殺処分0』のムードが高まっていますが、殺処分されているのはほとんどが子猫です。その子猫たちを救ういちばんの解決策は、猫と暮らしたい人を増やすこと。リフォームや工事ばかりが強調されると設備がないから猫と暮らすのは無理と思ってしまう人もいるかもしれません。

そうではなくて、猫と相談しながら猫目線で部屋づくりを整えていけば、持ち家だろうと賃貸だろうと猫も人も楽しく幸せに暮らすことができる。猫との上手な暮らし方、お互いが幸せになれる暮らし方のヒントを伝えていくのが私の役割だと思っています」

「不幸な猫を救うには、少数の猫好きがたくさん保護するのではなく、ごく普通のご家庭の皆さんに猫と暮らすことの楽しさを伝えて1匹ずつでも迎えていただくことが大切だと私は思います」

マメちゃん、ふくちゃんへの愛情がいっぱい詰まった金巻さん宅が、その想いを何よりも証明していたと感じました。

いろいろなところに楽しい仕掛けや自分のスペースがある、マメちゃん、ふくちゃんも満足そうでした。

 

◆金巻さんの人気著書

ねこと暮らす家づくり (正しく暮らすシリーズ)

犬・猫の気持ちで住まいの工夫―ペットケアアドバイザー・一級建築士と考えよう

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宮村美帆

フリーエディター、愛玩動物飼養管理士 動物好きの両親の影響で、子どもの頃から、犬、小鳥、ハムスター、鈴虫、錦鯉など、何かしら生き物がいる環境で育つ。動物看護師として2年間の動物病院勤務を経験した後、猫の月刊誌『CATS』の編集者に。その後、人と動物の今を考える雑誌『季刊リラティオ』の編集などを経てフリーランス。エディター、ライターとして、ペット(動物)、児童書(図鑑)、実用書、デジタル情報辞典などを手がける。 ずっと犬派だったが、動物病院勤務で猫の魅力に目覚め、猫雑誌の編集でどっぷりハマる。獣医…

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