愛猫の死と向き合ったエッセイ『さよなら、ちょうじろう』が、私たちに教えてくれるもの

ペットロスに陥らないための方法とは、「ペットが自分より先に死んでしまうことを日頃から意識すること」。ペットロスの記事は何度か書いてきたから、知識として持っている。でも、実践できているか? といったら、「NO」。

自分のうちの猫には、ずっとそばにいてほしい。それこそ、化け猫になってもいいから(笑)ずっといてほしいと私は思っている。そして、同じように考えていたのが、友人のイラストレーター・小泉さよさんだ。
 

<今回お話を伺った方>
小泉さよさん
イラスト-小泉さんイラストレーター。著書に『猫ぱんち』『和の暮らし』(ともにKKベストセラーズ)、『まったりゆるゆる猫日記』(学研)、『もっと猫と仲良くなろう!』『ずーっと猫と遊ぼう!』(ともにメディアファクトリー)など。ほのぼのしたイラストエッセイが多いなか、今回の『さよなら、ちょうじろう』は愛猫の死と向き合ったシリアスな内容。
【HP】Sayo Koizum’s works

 

ペットロスに陥らないための心構えなんて、まったくできていなかった

彼女は、愛猫が先に死ぬことなんて、まったく覚悟できていなかった。
そんな彼女の最愛の猫・ちょうじろうが、癌とわかった。きっと私より、覚悟はできていなかったのではないかと思う。癌と知ったときには、めちゃくちゃ動揺していた。仕事が手につかなくなり、そのとき私が依頼していた仕事は相談のうえ、白紙に戻した。なんというか、覚悟ゼロの無防備な状態の彼女にバーンと「死」がぶつかってきて、頭が真っ白という感じだった。


イラスト-1小泉さよさんの愛猫。左がらく。右がちょうじろう。きょうだいなのに全然似ていないふたり。でもとっても仲良しだった。

実は、この癌の発見のきっかけとなったのは、私だった。依頼した仕事の打ち合わせのために、彼女の家を訪れたのだ。ちょうじろうらくのきょうだい猫が愛想よく出迎えてくれた。会うのは二度目。目を見張るばかりに大きなオス猫・ちょうじろうと、優雅な長毛のメス猫・らく。猫を愛でながらの楽しい打ち合わせ。

横たわったちょうじろうのお腹をなでながら、私はおできのような出っ張りを見つけた。「念のため、病院に行ったほうがいい」と言うと、彼女はすぐに病院を受診。そしてわかったのが「乳腺腫瘍」。オス猫では珍しい乳腺腫瘍だった。オスでも乳腺腫瘍になることは知識としてはあったが、こんな身近なところで起きるとは…。

幸い、乳腺腫瘍は手術で切除できたが、すぐに別の腫瘍が発覚。骨盤に腫瘍が見つかったのだ。これは私の推測だが、乳腺腫瘍から転移したのではないかと思う。乳腺腫瘍はとても転移しやすい癌だから…。

「手術で取り除くことは不可能。余命は長くない」それが、彼女に言い渡された告知だった。彼女は、最愛の猫の死に向き合わなければならなくなった。覚悟ゼロの状態で。

 

逃げられない愛猫の死に向き合って

ものすごく不安定な精神状態だったことが、この本から読み取れる。でも、交通事故などの突然の死などではなく、癌である程度の時間を与えられたことが、よかったのかもしれない。ズタボロの精神状態から、少しずつ、変わってくる。どうしようもなく泣きながらも、愛猫の死についての心の準備をし始める。

彼女の仕事が自宅でできるものだったというのも大きいだろう。イラストを描きながら、ずっとそばについてやることができた。骨盤の癌のために歩けなくなったちょうじろうをこまめに快適な場所に移し、ミルクをやり、まるで赤ちゃんを世話するような献身さで世話をした。


イラスト-2病気で痩せたちょうじろうのそばで、イラストを製作する小泉さよさん。

イラスト-3友人が送ってくれたひょうたんのお守りを首輪につけて。ひょうたんは無病息災を願うお守り。

ある日、商店街で見つけたカゴを「ちょうじろうの棺用に」と買って帰るときがあった。家族からは「まだ生きているのに」と怪訝な顔をされる。でも私には、この気持ちがすごくよくわかる。愛猫の死を、できれば避けて通りたいという気持ちは変わらない。でも一方では、心のどこかでそれを受け止める準備をし始めるのだ。それが人間の自然治癒力だ。それがないと、ショックで死んでしまう。

そうやって、少しずつ心の準備をしてきた彼女。すっかり痩せこけたちょうじろうを撫でながら、「もうがんばらなくていいよ」と声をかけたこともあったという。でも、いよいよ臨終のときは「行かないで!もっと一緒にいて!」と叫ぶ。それが本心なのだ。

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『さよなら、ちょうじろう』の中身一例。シリアスな内容だが、かわいらしいイラストが優しい気持ちにさせてくれる。

 

想像するだけで辛い愛猫の死。でも、知っておかなくては

彼女には、ペットロスに陥らないための知識はほとんどなかったのだと思う。知識はあっても、実践はできていなかった。私もそうだ。そんな彼女が愛猫の死と向き合う一部始終は、みっともない部分もある。「ダメ飼い主だ」と言う人もいるかもしれない。

でも、知識などなくても、彼女はペットロスを乗り越える。人間が本来持つ自然治癒力で死に対する耐性を身につけ、彼女なりの不器用な足取りで、一歩一歩、大きな悲しみを乗り越える術を身につけていく。読むことで、私は彼女と同調し、深い悲しみに取り込まれた。


イラスト-6小泉さよさん宅のちょうじろうコーナー。友人の造形作家・秋草愛さんが作ったちょうじろうの像とともに。その前の小さな容器には、ちょうじろうがつけていたひょうたんのお守りが。

 

いつか、愛猫が私のもとから去ってしまうとき、同じような悲しみに取り込まれてしまうだろう。本で読むより恐ろしく暗い世界に違いない。這いあがれない、救いはないという気持ちに苛まれるに違いない。でも、疑似体験でも一度感じたことのある悲しみなら、暗い世界に光が差しやすくなるのではないだろうか。ちょうど、あらかじめワクチンを打つことで病状がひどくならないのと同じように。

彼女は愛猫のことを「愛のかたまり」と書いた。言葉を交わせないからこそ、愛だけを受け止め、純粋に愛だけを与えてくれる、愛だけでつながっている存在。そんなあたたかく、いとおしい「愛のかたまり」がいなくなるときを、この本は疑似体験させてくれる。でも私も、最期はきっと「行かないで!そばにいて!」と叫ぶのだろう。それでいいのだと思う。


PIMG_3660 取材中、机に乗ってきたらく。昔より、お客さん好きになった気がする。接客係だったちょうじろうの分までがんばっているのかな。

 

 

本-1
『さよなら、ちょうじろう』(KKベストセラーズ)
愛猫にとって、そしてもちろん飼い主にとって、どのような「最期」が幸せなのか。まるで本当の息子、いや、簡単に表現できないような、子どもでもあり、恋人でもあり、親友でもあり、家族でもある、不思議で、心から大切な「愛のかたまり」と共に過ごした日々と、そのときまでの大切な記録を静かに、温かく綴ります。別れをすでに経験した人も、これから経験するかもしれない人も必読のイラストエッセイです。

文:富田園子

富田園子

編集&ライター、日本動物科学研究所会員 幼い頃から犬・猫・鳥など、つねにペットを飼っている家庭に育つ。編集の世界にて動物行動学に興味をもつ。猫雑誌の編集統括を8年務めたのち、独立。編集・執筆を担当した書籍に『マンガでわかる猫のきもち』『マンガでわかる犬のきもち』『野良猫の拾い方』(大泉書店)、『ねこ色、ねこ模様』(ナツメ社)、『ねこ語会話帖』『猫専門医が教える 猫を飼う前に読む本』(誠文堂新光社)など。7匹の猫と暮らす愛猫家。 ▶HP:富田園子ホームページ ▶執筆&編集した本: 『マンガでわかる…

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