猫の「異嗜症」は命に関わりかねない異常行動|行動学の専門獣医師が解説

愛猫のこと、いつも毛布をクチュクチュしていてカワイイ。ビニールまで食べてしまう食いしん坊さん。そんなふうに勘違いしていませんか? それは異嗜症といって、放置すればどんどんエスカレートしかねない異常行動です。今回は、厄介な異嗜症の原因と対策について。

異嗜症とは?

異嗜症は、食べ物ではない特定の素材や物質に執着して、かじったり食べたりする異常行動です。一般には「ウールサッキング」といって、布や毛布を吸ったり、かじったり、食べたりするケースが多いですが、執着する対象は布に限らず、ひもやビニール、生米だけをあさるという猫もいます。

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猫がクチュクチュ毛布を吸っていると、おしゃぶりみたいでかわいいと受け取る飼い主さんもいますが、本来「おしゃぶり」はいいことではありません。子猫のときにおっぱいを手で押してお乳を出すための行動なので、それを引きずっているのは、離乳が早過ぎたり、小さいときの栄養が不足していたり、遊びなどの環境がよくなかった等、何か問題があると考えられます。

また、消化器の障害が原因の場合もあります。犬に多いのですが、猫も毛繕いをするので、胃の中にヘアボールが滞留して気持ちが悪くなり、異嗜を引き起こすことがないとは言えません。猫が異物を食べるからといって、すぐに問題行動と決めつけないで、まずは消化器に異常がないか、動物病院で調べてもらってください。

 

ケージによる拘束も対策の一つ

異嗜にもいろんなパターンがあり、ある子は、とにかくソファに穴を開けて中の綿を食べてしまう。蓋をしても縫っても、留守の間に穴を開けてしまう。また、あるコはビニールに執着して、どこからでも探し出して食べてしまう。キッチンに侵入しないようガードを張り巡らしても、猫は少しの隙間があればすり抜けてしまいます。飼い主さんが監視できるレベルならいいのですが、そうでないと死につながることも。

こうした異常行動は叱って直る問題ではないので、最終的には薬に頼らざるを得ないことも多いのですが、「薬は使いたくない」という飼い主さんもいるので、その場合はケージを利用します。ただし、急にケージに入れると嫌がって大騒ぎするので、まず一番大きな3段式のケージを用意してもらい、ケージに入れる練習をします。中におやつやオモチャを入れて、猫が自然に入る状況を作って慣らします。犬と違っていつも聞いてくれるわけではないので、猫が嫌悪感なくケージに入れる練習を積んでおかないと、いざケージに入れようとしても隠れて出てきません。

 

発症の引き金はストレスと葛藤

異嗜症は、常同障害(本来の目的と関係のない行動をくり返し続ける行動障害)の一種で、遺伝による要因が大きく、異嗜が出やすい猫種があります。シャム、バーミーズ、それに作出過程でシャムやバーニーズの血が入っているシンガプーラ、トンキニーズ、ボンベイなども出やすいです。

もっとも遺伝要因が大きいとはいえ、発症には何かしら引き金があります。例えば骨折をして、そこに神経障害が残り、気になって舐めているうちに、エスカレートして毛をむしりとって食べるようになったとか。この発端はケガです。常同障害の最初の原因はすべてストレスと葛藤で、それをぬぐうためにやるんです。

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食べたらすっきりした、落ち着いた、安心したのが最初のきっかけで、それがどんどん過剰になって、やがてストレスや葛藤を感じないときにもやるようになる。そこまで行くと、飼い主さんがその子のストレスや葛藤をつきとめて除去しても、改善しないこともあります。ですから、異常行動に気づいたら、早い段階で治療をスタートすることが大切なんです。

 

葛藤要因を探し出して、早いうちに芽を摘む

葛藤、不安に関わる問題は、放置すれば悪化する一方です。飼い主さんのなかには「尾追い行動」を面白がったり、異嗜を「うちの子、食いしん坊だから」と勘違いしたり、それが異常行動だという認識がない人もいます。異嗜は死を招きかねないシビアな問題で、食いしん坊と勘違いしていたら、たいへん危険です。

対処法としては、気になる行動があったら、どういう状況で起こるか、よく観察すること。例えば朝が多いとか昼が多いとか、誰かがいるときになるとか、病院に行った後になるとか。細かく情報をとっていきます。ひどくなると、朝から晩までやっていて遮断できなくなります。普通は脅かす音をたてたり、おもちゃを投げたりすると、そちらに気を取られて一時的にやめさせられるのですが、ひどくなると見向きもしなくなり、ごはんも食べなければ、水も飲まなくなる。早いうちにストレスや葛藤要因を探し出して、芽を摘んでおかないと、たいへんなことになってしまいます。

 

常同障害の猫は「ルーティン好き」

異嗜などの常同障害のある子には、「ルーティン好き」という特徴があります。極力同じ時間にご飯をあげ、同じ時間に遊んであげ、ミャオと鳴いたらいつもなでてあげるなど、同じことを継続してあげることが安心につながります。

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神経質な子が多いので、例えば椅子1脚でも、新しいものが入り込んでくると大きなストレスになる。もともと猫は犬に比べて環境変化が苦手ですが、普通の猫をはるかに超えて新しいものへの順応力がないので、部屋の模様替えはしない、家族構成も変わらない、飼い主さんの外出・帰宅時間も毎日ほぼ同じというほうが安定するんです。

 

絶対に自己判断で薬をやめないこと

常同障害がひどくなり、例えば異物を食べて何度も入院しているとか、自分の体の毛を食いちぎってしまうとか、日常レベルの生活が保てなくなったら、やはり薬による治療が必要になります。

抗不安薬や抗うつ薬の部類に入るものですが、脳に働いて感情を変化させる薬は使い勝手が難しいので、十分な注意が必要です。定期的に病院で血液検査をして健康面のチェックも必要ですし、飲み忘れも厳禁です。飼い主さんは薬への抵抗感があり、良くなってくるとすぐに治ったと勘違いしてやめてしまいがちですが、常同障害に完治はありません。

一度発症したら治らないので、勝手に薬をやめたり減らしたりすると、今度はリバウンドしてさらにひどくなります。薬による治療を始めたら、絶対に勝手にやめないこと。飼い主さんにくり返しお伝えしています。

 

石井 香絵

獣医師、ペットの行動コンサルテーション Heart Healing for Pets 代表、AVSAB(アメリカ獣医行動学会)会員 麻布大学獣医学部を卒業し動物病院で一般診療を行った後、動物行動学、行動治療を学ぶために渡米。ニューヨーク州にあるコーネル大学獣医学部の行動治療専門のクリニックに2年間所属し帰国。現在はワンちゃん、ネコちゃんの問題行動の治療を専門とし臨床に携わる傍ら、セミナー・講演活動など幅広く活躍。2013年からは、アニマル・クリスタルヒーリングのファシリテーターの養成を始める。愛…

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