2015年、大阪で新しい「保護猫」の計画がスタートしました。その名も「子猫リレー事業」。2018年12月には、『子ねこリレー大作戦』という書籍にもなったこの事業、いろいろと斬新なんです。その発案者である細井戸先生に、お話を伺いました。
《今回お話を伺った方》
細井戸大成先生
公益社団法人 日本動物病院協会(JAHA)会長
公益社団法人 大阪市獣医師会 会長。
公益社団法人 日本獣医師会(JVMA)小動物臨床職域理事
「子猫リレー事業」を創始・運営。
まずは、どう斬新なのか、ご説明しましょう。
普通の保護団体では譲渡NGとされる高齢者を「キトンシッター」として参入!
保護猫事業について興味のある方なら、60歳以上の人間が保護団体から猫を引き取ることは難しい、ということをご存知の方も多いでしょう。いまや20年以上生きることもある猫を終生飼養するためには、60歳では高齢すぎる(80歳まで生きられる保証がない)…というわけです。
しかし、それで寂しい思いや悔しい思いをされている方もいるのではないでしょうか。
細井戸先生の考えは違いました。むしろ、「飼育経験や社会経験が豊富な高齢者ほど、深い愛情を必要とする子猫の世話にはうってつけ!」というのです。確かに、子どもと違いゆったりとした動きで猫に接することのできるお年寄りは、猫の飼育に向いているといえそうです。
この事業では、子猫のお世話をする“キトンシッター”のボランティアさんを、原則60歳以上の高齢者の方に限定しているのです。ここがまず、斬新。
これには、細井戸先生の「長年、猫と暮らしてきたシニア世代の飼い主さんの経験を生かしてほしい」さらには「高齢者の方の“地域参画”の一環になれば」という思いが込められています。
実際にキトンシッターを経験された方々の声を紹介しましょう。
「子どもが独立し、夫婦二人の生活。なんとなくギスギスして言い争いも多かったのですが、猫が来てからは緩衝材になり、家庭の雰囲気が柔らかくなりました」
「次はどんな猫が来るかな、と思いながら待つのも楽しい。今後もできるかぎり続けていきたい」
猫との幸せな風景が目に浮かびますね。こうしてキトンシッターさんが育てた子猫は、自然と人馴れ(社会化)ができ、飼い猫として適性ができていきます。そうした子猫が、最終飼い主さんの手に渡っていきます。ですから「子猫リレー」なんですね。
ただ、実はここにちょっとした問題があるといいます。それは…
「キトンシッターさんが子猫にメロメロになって、渡したくないという気持ちになってしまうことです(笑)」(細井戸)
私・ライター富田は、この事業を知ったときからそれを感じていました。私なら…絶対に、育てた子猫を渡さない自信があります(笑)。そういうときはどうするのですか?と尋ねると、「月1回動物病院に健康診断に来てもらう、猫の写真を定期的に送信してもらうなどの条件付きで、キトンシッターの方にそのまま飼い主になってもらうことも可能です。この事業では、60歳以上の方が猫の里親になることも絶対NGとはしていないのです」(細井戸)
現時点でキトンシッターになっているのは、もともと大阪市獣医師会所属の動物病院に通っていた猫好きの方が多いため、信頼できるかどうかはあらかじめ保証付きとのこと。なるほど、それなら安心ですね!
「いま60歳の人が75歳になったら必ず死ぬ、というわけではないですからね。もちろん万が一のときに代わりに猫の面倒を見てくれる方がいるかどうか等の確認は必要ですが、高齢者の方にも猫の飼い主になれるチャンスはあっていいと思います」(細井戸)
若い世代にも、もっと飼育のチャンスを!
「子猫リレー事業」で猫の飼い主になる条件を見ていたときに、あれっと思ったことがあります。「原則40歳以下」となっているのです。40~60歳の人は、飼い主になれないのでしょうか?
「実は、これには『若い世代にもっと猫を飼ってもらいたい』という思いを込めています」(細井戸)
※写真提供:PEPPY
いまの日本で、猫を多く飼っているのは50代~60代。経済的に安定し、子どもも独立したそのくらいの世代が多いのは納得です。
さらに、保護団体では一定以上の収入や部屋の広さ、長時間家を留守にしない家庭であること、一人暮らしではないことなどを条件としているところもあります。そうなると…親から独立したてで、一人暮らしの普通の会社員が、保護団体から猫を譲り受けることは、実質不可能です。
ペットフード協会の調査(平成27年)でも、下記のような結果が出ています。
1.お金がかかるから 53.7%
2.集合住宅に住んでいて、禁止されているから 52.8%
出典:「一般社団法人ペットフード協会」(平成27年全国犬猫飼育実態調査)
ペット飼育阻害要因およびペット飼育の効用など(年代別一覧)より
確かに、ペットの飼育はそれなりにお金がかかります。医療費はその筆頭です。病気や怪我をしたときに、十分な医療を受けさせるためには、公的な保険のない動物医療の場合、高額になることも多々です。
譲渡する側としてはもちろん、経済的に裕福で、広い家に住んでいて、人が留守にすることの少ない家に猫を譲るほうが安心でしょう。私も、子猫の里親を探したことがあるので、その気持ちはわかります。ですが…それほど裕福でなくても自分の服や外食等を節約して、猫の健康や幸せな暮らしのためにつかいたいという人もいるはずです。要は、責任感の問題ですよね。
私も、20代で親元から独立し、ひとり暮らしを始めた頃、猫を飼い始めました。自分で拾った子猫でしたが、たった1匹猫がいるだけで、暮らしがまったく変わりました。「守る者」がいると、人間は変わるものです。大変なこともたくさんありましたが、笑顔もたくさんくれました。
「あの子のために早く仕事を終わらせて帰りたい」。そんな気持ちで仕事を頑張りました。ペットはそんな「張り合い」をくれる存在でもあります。「そういった若い人たちを収入等で里親からはじいてしまうのはいかがなものか?」と細井戸先生は語ります。
また、ネックとなる動物医療費の問題にも、打開策を講じています。それは、「健康で病気になる可能性が低い猫を譲渡すること」。この事業で譲渡される子猫は、大阪市獣医師会により健康診断を受け、「健康である」と診断された猫たちばかり。さらに、猫エイズや猫白血病などの感染症にはかかっていない猫たちです。また、譲渡する年齢も体調が安定する6か月齢以降のため、大きな体調の崩れは少なくなります。
「健康面でリスクが少ない猫の場合、医療費もほとんどかかりません」(細井戸)
もちろん、猫が高齢になればそれなりに病気になるリスクも高まりますが、そのときには飼い主さんも30代以上。収入も増えているはず…という見込みです。
各社を巻き込んで、提供物資等を集める!
実は、細井戸先生がこの計画を思いついたのは、2011年。東日本大震災がきっかけでした。そこから約5年の構想・準備の末、2015年の10月、「子猫リレー事業」がスタートしたのです。さすが細井戸先生。5年間で様々な関連団体や企業を巻き込み、強固な体制を作り上げていました。
(1)ペット用品通販のPEPPYが、ケージ等を無料で貸し出し!
キトンシッターのおうちで子猫を飼育する際は、ケージや猫トイレが必要になります。特に慣れない最初のうちは、ケージ内で飼育することが必要です。このケージを、PEPPYさんが無償で貸し出し。ほかに、猫トイレ、食器、ペットシーツ、おもちゃ等も貸し出されます。キトンシッターさんからは、「飼育に必要なものは無料で借りられるので、費用面も安心」との声が届いています。
またPEPPYさんは、自社のHPで里親募集中の子猫を掲載。里親募集に全面的に協力しています。さらに、最終飼い主になった方には、迷子札や、PEPPYの買い物に使えるポイント等もプレゼント。「PEPPYさんには頭が上がりません(笑)」と細井戸先生は語ります。
(2)ペットフード協会が、子猫用キャットフードを提供!
キトンシッターさんがお世話をしている間のフードは、ペットフード協会さんが無償で提供しています。獣医師会にもキトンシッターさんにも負担がかからないシステムです。獣医師お墨付きのフードですから、健康面もバッチリですね。
(3)ウイルスチェックは、DSファーマ―アニマルヘルス社関連の検査センターが無料で提供!
野良猫を飼ったことのある方ならご存じかと思いますが、猫エイズや猫白血病のウイルスを持っているかどうか調べるには、血液検査が必要です。
通常、5000円前後の費用がかかりますが、これを、細井戸先生が検査機関に協力要請をして、無償で提供してもらうことに。
いずれの会社や社団法人も、「殺処分される子猫を減らし、幸せになってもらいたい」という思いからの無償提供です。多方面からのバックアップも、命を救うバトンのひとつなんですね。
子猫リレーを図で表すと、こんな感じです(^^)
※素材提供:PEPPY
「子猫リレー事業」、全国に広まる見込みは?
大阪市獣医師会が始めた「子猫リレー事業」。獣医師会が主導する保護活動としては全国初の試みです。お伝えした通り、すばらしい仕組みと活動ですが、今のところ大阪限定。全国に広がる見込みはあるのでしょうか?
「いくつかの自治体から、『話を聞かせてほしい』というお問い合わせをいただいています」(細井戸)
それは朗報です!しかし、細井戸先生のような精力的に事業を進めるような人材がいないと、ほかの自治体ではなかなか難しいのでは?
「そんなことはないと考えています。このシステムさえあれば、どこでも実現可能と考えています。PEPPYさんたちのバックアップも、全国的に広まったとしても続く、と信じています」茶目っ気たっぷりに話す細井戸先生。「義務感だけじゃなくて、子猫たちと接するのが楽しいからやっています」と語ります。
最後に、現在の日本の状況を再確認
日本では毎年多くの犬猫が殺処分されています。そのなかでも、生まれたばかりの幼い子猫が最も多いことが、下のグラフでわかると思います。
*「幼齢」とは、離乳していない個体のこと。それ以外は「成猫など」に含まれる。
出展:環境省_統計資料 「犬・猫の引取り及び負傷動物の収容状況」
ですから、子猫を救うことができれば、殺処分数はぐっと減らすことができるのです。そのために全国のボランティアさんや保護団体ががんばっていますが、「子猫リレー」もそのひとつとして、今後広まっていくことを心より願っています。
▼「子猫リレー」が書籍になりました!(2018年12月発売)
子ねこリレー大作戦 小さな命のバトンをつなげ! [ 今西乃子 ]