猫のペット化の理由は、犬猫の”違い”と猫と人の”共通点”!? 東大でのシンポジウムリポート

イヌと並ぶ、愛玩動物の代表選手といえば猫であります。しかしなぜ人間とともに暮らす伴侶動物(Companion Animal)になりえたか、という理由には諸説あります。「時代を超えてかわいいから」「人と心を通じ合えるから」なんて、飼い主の欲目ともいえる理由も否定はできませんが、そもそも、そのような感情を人に抱かせるのはなぜなのか。

猫と暮らす人々なら一度は考えたことがあろうこの疑問をテーマに、2月10日の日本ペットサミットにて「なぜネコは伴侶動物となりえたのか? -進化と対ヒト社会的認知能力からの考察-」と題したセミナーが開催されました。

日々猫と向き合う皆さまにとっては日常茶飯事の、「なぜこの子はこんなに愛らしいのか」という感情が胸中に満ちる、あの感覚の原因の一端を実証的に理解する一助になることが期待されますが、今回はそのシンポジウムの発表をリポートします。

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講師は、武蔵野大学教育学部児童教育学科で講師を務める齋藤慈子先生。認知行動科学の見地から、「猫が飼い主の声を聞き分けている」と科学的に証明したとの論文を2013年に発表して話題となった、研究チームの中心メンバーです。

 

なぜヒトと暮らす動物なのに、ネコは「つれない」のか?

まず、齋藤先生が解説したのは、ネコと双璧をなす伴侶動物「イヌ」との違いです。イヌがヒトと共存し始めたのは5万年〜1万5千年前といわれ、「最古の家畜」と称されるほど、ヒトと長い共存の歴史を持っています。研究でもヒトとの調和が取れた行動をとることが指摘され、ヒトの表情や視線を読み取って行動したり、関係性の近いヒトの行動を模倣したりといった学術報告があります。その長い歴史が人間との深い絆を生み、現在のような伴侶動物になったと考えられています。

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一方、ネコとヒトとの歴史の始まりイヌよりも新しく、家畜化の始まりは約4000年前の古代エジプト時代。そして、イヌとは異なる特徴が「(ヒトに対して)つれない」ことです。

「面識のないヒトがなでたときよりも、飼い主がなでたときに、ネガティブな行動がでる」
「飼い主とそれ以外のヒトに呼ばれても、ヒトの違いによる反応の差がない」

という研究結果もあるそうで、思い当たる飼い主の諸兄姉も多いと思われます。

この理由について齋藤先生はこう解説します。

農耕の発達により、”ネズミ取り”の役目が求められたとすれば、「野性的なネコ」のほうが有能ということになります。

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人間の近くで生活するものの、野性のハンターとしての役目を求められたために、家畜でありながらヒトの行動に影響を受けないタイプが、家猫に多かったのかもしれません。「ネコは肉食に特化していたため、キャットフード(の栄養価)が発達する最近までは、人間からのフードでは栄養が偏ってしまうため、自ら餌を調達していた」という話も挙げられ、それを裏付けるものと考えられます。

そう考えると、ネコはつれなくて当然ともいえます。では、なぜそのようなネコがヒトのペットとなっているのでしょうか?

 

意外と多い?人間とネコの「共通点」

その疑問に対する答えとして、齋藤先生が提示したのは下記の2点です。

1:そもそもヒトに対する親和的行動を、前適応としていた(ヒトと暮らす前から、適応できる性質を備えていた)
2:ヒトとの「共通点」があった

1については、動物園への調査で、小型のネコ科の動物ではヒトの前でゴロリと転がっておなかを見せるような、野性の動物ではあり得ない行動が散見されると報告する研究があるといいます。そして、大変興味深かったのが、2つめの理由として挙げられたヒトとの「共通点」についての指摘。その共通点とは「形態的共通点」と「認知的共通点」の2種類です。

A:形態的共通点

A-1:幼いころの形態のまま成熟する「ネオテニー」であること

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イヌに比べても、子ネコと成ネコとでは頭の形の変化が小さい。人間も「ネオテニー」であるという説もある(筆者註:1920年に発表された、ヒトの進化に関するL.ボルクの胎児化説)。

A-2:顔の正面前方に両眼が位置していること

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両眼視野角は、ヒトが140°、ネコは120°。イヌは犬種によってばらつきがあり、78〜116°。

B:認知的共通点
B-1:他の個体が行っていることを学習する

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他のネコがなにかをしているところを見せると、覚えがいい。これはイヌも同様。

B-2:教育する
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ネコの教育の具体例としては、子ネコの発達に合わせて獲物に対する行動を変化させる例がある。初めは獲物を殺して母ネコが食べるが、徐々に母ネコが殺すことが減り、ネズミを持って来てから子ネコを誘う声で鳴いたり、弱らせたネズミを子ネコの前に持ってくるようにと変化する。

B-3:成体でも遊ぶ

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大人のネコでもじゃれて遊ぶのは皆さまご存じの通り。

ちなみに、動物による教育(teaching)の定義は、
・ある個体(A)が未経験な個体(B)がいるところだけで行動を変える
・Aはコストを払うが、直接的なベネフィットはない
・Aの行動の結果、Bは知識や技術を素早く、効果的に獲得する

とされ、ネコとミーアキャットには、定義にあった行動が確認されていますが、チンパンジーにはこのような行動は確認されていないのだとか。

 

人間との共存のなかで、ネコも変化を続けてきた

さらに、人間はネコの繁殖を制御していなかったという歴史から、人間も(ネコにとっての)一環境としてネコに関わっていると齋藤先生はいいます。人間との共存のなかでネコは変化続けてきたわけです。変化の例として挙げられたのは、次のような点です。

・人間からご飯をもらうことで集まって暮らすようになり、ネコ社会的内での社会的順位を形成するなど、ネコ同士の集団生活に対応
・それに伴ってネコ同士の視覚・聴覚・嗅覚・触覚を用いたネコ独自のコミュニケーションも発達
・人間に対して「心地よい」と感じさせるような鳴き声に変化
・人間に対する社会性の発達
(イエネコは生後2週〜7週の間が、ヒトに対する社会性の感受期で、その間に多くのヒトに接すると、人見知りが減るとの研究結果も)

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ブラインドテストによれば、ヤマネコの「ニャー」よりも、イエネコの「ニャー」のほうを、人間は心地よく感じるのだとか。

このセクションで興味を引いたのは、「イエネコのみに見られる遺伝子」のお話。社会行動に影響を与えると考えられているバソプレシンの受容体の遺伝子多型(遺伝子の変異)が、イエネコのみで見られ、この遺伝子タイプを持っている個体は、ヒトに慣れやすくあまり逃げないのだそうです。言い換えれば、そのような遺伝子を持っているとヒトに近づけて、ご飯がたくさんもらえた…とも考えられます。

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人間の耳障りのよい鳴き声に変化したネコや、ヒトに近づける遺伝子を持ったネコが、そうでないネコよりも子孫を残せたのかもしれませんね。

 

ネコの飼い主はすでに知ってる?「ネコの対ヒト社会的認知能力」

ネコと暮らす方であればしばしば感じておられるでしょう、ネコが人間に対して社会的な認知能力を持っていることも挙げられます。研究によって明らかになっている行動は以下のようなものがあるとのこと。

・知ってるヒトと知らないヒトを区別する
・飼い主の声も聞き分ける
・ヒトの注意の状態も区別している
・ヒトの感情状態によって行動も変わる
・ヒトの表情・姿勢によって行動も変わる

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ヒトの幼児の母親への愛着を調べる「ストレンジシチュエーション法」という手法を用いて、ネコに対する実験を行った研究の話もありました。「飼い主がいたほうが遊ぶ(安心している?)」との研究結果と、「飼い主と見ず知らずのヒトとで差があまりない」という結果とがあり、今後の進展が待たれます。齋藤先生の言葉によれば「飼い主に対する愛着めいたものはあるのでは?」とのこと。

 

「ネコとはなにか」と「人間が求めること」の合致点

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以上のような考察を元に、齋藤先生は「伴侶動物となりえた理由」について解説してくれました。

そもそも、ネコとはなにかという定義

・完全に家畜とはいえない?
・ヒトとの形態的・認知的・行動的共通点もある
・ヒトとの共存により(自然淘汰を受け?)進化してきている
・ヒトのこともいろいろわかっているよう
・ヒトに対する行動はイヌとは異なる

 

伴侶動物に、人間が求めていること

・かわいさ
・「家族」
・世話(自分)を必要としてくれること

「ネコ」の持つ性質やヒトに対する反応と、「ヒト」が伴侶動物に対して求めること。この2つがうまく合致したときに、その動物は「伴侶動物」といえるのではないか、と齋藤先生はいいます。そして次のように発表を締めくくりました。

イヌとネコとでは、ヒトが伴侶動物に求めるものに対する反応や行動、感情は異なります。だから、自分にあった伴侶動物を選択するのが大切だと思います。

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「かわいい」ということだけで飼い始めると、ネコも飼い主も不幸になってしまいます。イヌやネコの持つ特性を把握して、自分にあった伴侶動物を選び、飼えるようになるといい(よりよい関係性を築ける)と思います。

ここ数年来のいわゆる猫ブームで、猫をまだ飼っていない人にとっても、猫との接点が増えています。ということは、「猫と相性が合う」ことに気づく人が増える可能性も高くなったわけです。そのような時期に公表されたこの研究が示唆するのは、「人生を共にする、運命の猫との出会いにいち早く気づくきっかけ」と考えることができるのではないでしょうか。

 

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猫ジャーナリスト、猫情報をお届けするブログ「猫ジャーナル」管理人 すべての猫と、猫を愛するすべての人のために、猫情報をお届けするブログ「猫ジャーナル」。「猫ジャーナル」転載記事、管理人である猫ジャーナリストによる書き下ろし記事を掲載。 ▶HP:猫ジャーナル

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