飼い猫の体調が思わしくない。そんなときには、まずかかりつけの動物病院へ相談し、診察を受けるのが基本です。さて、いざ診察の順番が回ってきたときに、ある疑問を感じたことはないでしょうか。それは「飼い主が猫の普段のことをどれだけ知っているのか」という疑問です。
1日のトイレの回数、毛玉を吐く頻度、ご飯の量や食べっぷり、睡眠時間などなど、体調の変化に気づいたときが、すなわち変化の始まりとは限らないものです。すでに数日前から異変が始まっていたのかもしれません。しかし、さすがに24時間猫と一緒にいるわけにはいきませんので、それらの情報を逐一記録するのはまず不可能です。
では、診察時には重要になるのは、どんな情報なのでしょうか。それぞれの飼い主さんが対応可能な範囲で、その情報を記録できれば、診察時に獣医師へよりたくさんの情報を伝えられ、猫の治療に役立つかもしれない。そんな仮説を立てまして、猫専門病院「Tokyo Cat Specialists」の山本宗伸院長に伺いました。先生の言葉によれば、重視するのは「体重」「食事量」「尿の量」とのこと。その理由は、どこにあるのでしょうか。
山本宗伸 先生
Tokyo Cat Specialists(トーキョーキャットスペシャリスト)院長小学生の時に授乳期の仔猫を保護したことがきっかけで獣医師になることを決意。都内猫専門病院で副院長を務めた後、ニューヨーク猫専門病院 Manhattan Cat Specialistsで研修を積む。様々なメディアから猫情報を発信。著書に「猫のギモン!ネコペディア」。国際猫学会ISFM所属。日本大学獣医学部外科学研究室卒。愛猫は3匹。
▶山本先生のブログ「ネコペディア」
最も重視するパラメーターは「体重」
山本先生のブログでは、猫の体調を把握する指標として「体重」「嘔吐」「おしっこの量」「飲水量」などが挙げられています。今回伺ったお話によりますと、体調変化の兆候として最も明らかなのが「体重」です。言い方を変えれば「体重減が起こる以前の兆候は、診察と問診だけでは分からない」ということなのです。獣医師でも難しいのですから、素人ではまず分からないといっても過言ではないでしょう。山本先生は次のように解説してくれました。
「ポイントは”体重変化が継続しているかどうか”です。私の飼い猫でも、体調不良で3日くらい食べないときがありますが、その程度の期間では体重はあまり減りません。つまり1か月単位で何らかの症状(要因)がなければ、簡単に5%〜10%も体重は落ちないわけです」
わが家で暮らす2匹の猫の場合、ペンネ(上の写真)のほうは3か月に1度の定期通院、メリー(下の写真)のほうは1年に1回程度、健康診断でかかりつけの動物病院に通院した際に体重を計測しています。山本先生に頻度について伺うと、「3か月に1度、触診と合わせて体重測定をしておくと、かなり違うでしょう」とのこと。
1年に1度では変化が見えにくいため、もし通院頻度が低いようであれば、自宅の体重計やペットスケール、バネばかりなどを使って、3か月に1度くらいの間隔で体重をチェックしておくと、体重変化の兆候に気づきやすくなると思われます。
「食事量」は摂取カロリーを基準に。また異食症にも注意
体重とも関連しますが、「食事量」の推移も猫の体調を把握する上での指標になります。体重増減も「普段と同じように食べている」のか「いつもより食べる量が減っている」のかで、獣医師の見立ても変わってくるわけです。山本先生によれば、嵩や重量ではなく、カロリーを基準に食事量を把握するのがいいとのことです。
パッケージの側面や裏などに記載されていることが多いのでチェックしてみましょう。
わが家の猫の場合、ドライフードの量と食欲(食いつきや食べ残しの有無)を記録していますが、カロリーまではチェックしていませんでした。フードの説明書きを見ると種類によって同じグラム数当たりのカロリーには差がありますので、カロリーを念頭において与えるのが良さそうです。
また、食に関連して山本先生が指摘したのは、食べ物ではないものを食べてしまう「異食症」。原因は定かではありませんが、猫砂や輪ゴム、お風呂の滑り止めマットなどを食べてしまうことがあるのです。開腹手術が必要なこともあるため、異物を食べていないかどうかも、合わせてチェックしておきたいポイントです。ちなみに、食の好みは「8週〜12週ごろの食生活によって左右される」そうで、キャットフードの味や食感の違いによる好き嫌いは個性と捉えて問題ないとのことでした。
「尿」を見極めるは至難の業だが、「便」には”スコア”がある
また、兆候として「尿」も挙げられるものの「見た目で判断するのは難しい」と山本先生は教えてくれました。例えば、尿路結石症や膀胱炎の症状の一つとされる「尿のなかに見える(光る)結晶」などは判別しやすい例ですが、それが見えても無症状のケースもあるのだそうです。尿に関する異常の兆候として山本先生が挙げたのは「尿の量」。
しかし、猫の尿の量を量るのは至難の業。また「何ミリリットルが正常」という基準を知る人も少ないのが現状です。わが家の場合もおしっこの回数は「現場目撃+状況証拠発見」の合計で記録するにとどまっています。では、頑張って尿の量もチェックした方がいいかというと、山本先生も「それは無理でしょう」とのお返事。ちなみに、健康診断等で採尿の必要がある場合は、システムトイレを利用するのがいいそうです。
※オシッコの代わりに、紅茶を使って撮影しています。
「採尿の必要があるときには、システムトイレのトレーを利用します。猫の動きを見張り、トイレを済ませたらすぐに採尿するのが、猫の採尿には一番適していると思います」
難易度の高い”尿量計測”の代わりに、山本先生が薦めているのが「飲水量からの推定」。先生のブログでも詳しく説明されていますが、蒸発する量をあらかじめ計測し、1日の減少量から蒸発分を差し引いて、猫が飲んだ分を割り出す方法です。この辺りは、ペット回りのIoT機器の進展が期待されます。
もう一つの排泄物「便」について伺ったところ、こちらには、すでに指標があるとの情報を山本先生に教えていただきました。イギリスに本拠を置くペットの栄養学を研究している「ウォルサム研究所」が2001年に公表した「ウォルサム便スコアシステム(日本語) 」や、Nestlé PURINAが公表している「Fecal Scoring (英語)」です。
「ウォルサム便スコアシステム(日本語)」によれば硬さや形状によってグレードが定義され、1.5〜3.5が許容範囲となっています。これであれば、一般人でも見た目で判断できますので、皆さまもご参考にどうぞ。
情報があれば、猫も獣医師も助かる
山本先生に体調管理にまつわる指標を教えていただきましたが、このような情報があるのとないとでは、診察や治療にどのような影響があるのでしょうか。
「正直、何も測っていない、何も分からないというと、ノーヒントで問題を解かなくちゃいけないような状況なので、余計に難易度が上がるし検査も増えてしまいます。そういうデータがあると、治療費も下がり、(処置や治療の)正解率が上がると思います。とはいえ、大半の方は”ノーヒント” です。猫を飼うのが初めての方も多いですし、猫は犬と比べて病気にならないので、『10年ぶりに動物病院に来た』というケースも少なくありません」
その一方で「飼い主による過信」もあるといいます。
「飼い主さんのなかには、猫の飼育歴が長いことで、過信しすぎている人もいます。そういう方で、対応がちょっと間違っているときがあります。例えば、『猫のおしっこが増えてきたから腎臓病だ』と飼い主さんが判断して、腎臓病用の療法食を与えたのですが、血液検査をすると実際には糖尿病という場合がありました。腎臓病と糖尿病では対処が真逆になるんです。腎臓病用の療法食では、むしろ糖が多くなって悪影響を与えてしまいます」
獣医師が接する犬や猫の数は1日に数十匹。猫専門の山本先生では1日に20〜30匹もの猫を診察したり治療したりしているわけです。20〜30匹の飼育経験がある飼い主さんでも、その数百倍の病気の猫を見ている専門職に比べて、知見の違いに差が出るのは道理というものでしょう。
体調変化の兆候であることは明らかでも「それがどの病気によるものか」という判断は、実際に触診したり診察してみないと分からない場合のほうが多いのです。山本先生も次のように語ってくれました。
「結局は、総合的な判断が必要で、その根拠は獣医師の経験であり、それを行うのが僕たちの仕事なのだと思います」
この取材のきっかけは…
わが家では2年前の冬、ペンネのウンチが出なくなると同時に、ご飯を食べられなくなったことがありました。慌てて病院へ連れて行った際、そのような症状にもかかわらず「普段、どのくらいのペースで排便・排尿しているのか」「1日にどのくらいの量のご飯を食べているのか」「どんな頻度で毛玉を吐いているのか」といったことが、おぼろげな記憶でしか残っておらず、診察してもらった先生に十分な情報を伝えられなかったのです。
このときは結果的に、検査と処置だけで事なきを得て、翌週には食欲も戻ったのではありますが、「もし同じことが起こったときに、また繰り返してはならぬ」と記録を始めました。何度かのバージョンアップを経て、現在はこのような形で、2匹の猫の日々の一端をメモしています。
家族との情報共有にもなり、「他の家族があげたのを知らず、朝ご飯を2回あげる」といったご飯の重複を防ぐのにも役立てています。とはいえ、過信は禁物。いま記録を続けている項目でいいのか、もっと他に記録すべき項目があるのか?という疑問から、記事冒頭の仮説を立て、山本先生にその見解を伺ったのがこの記事、というわけです。
すでに独自の方式で、猫の健康について記録を付けている方も多いと思いますので、今回山本先生から伺ったお話が、猫を守るための一助になれば幸いです。また、ペット関連のメーカーにおかれましては、猫も飼い主も3日で飽きるようなガジェットではなく、猫の体調を記録できるアイテム(尿の量が量れる猫トイレとか、飲水量が分かる水飲み容器とか)の開発に舵を切っていただく経営判断のきっかけになりますことを、一方的に願う次第です。