遺伝性疾患を繁殖現場で管理!オーストラリアの犬事情


犬の問題行動の矯正カウンセリング学んでいたオーストラリア滞在中に、ブリーダーさんから子犬を直接迎えたエピソードを、今回は、オーストラリアの遺伝性疾患への取り組みをご紹介しながらお伝えします。

世界でも先進的な遺伝性疾患への取り組み

オーストラリアは、ブリーディングに関する取り組みがしっかりしている国のひとつ。そのことを知っていた私は、ぜひオーストラリア滞在中に愛犬を迎えたいと思っていました。
研修先のドッグ・ビヘイビアリストに相談すると、「目当ての犬種がいるなら、オーストラリア・ナショナル・ケネル・カウンシル(ANKC)に連絡をして、優良なブリーダーを紹介してもらうのが一般的よ」と。

A1_補正_429 ドッグ・ビヘイビアリストのオルガと愛犬。オルガもブリーダーからパグを家族に迎えました。

A2_補正_400たくさん運動できる広いバッグヤードが、オーストラリアならでは。

アドバイスどおりにノーリッチ・テリアのブリーダーに電話をすると、予想どおり「犬の飼育経験はあるか?」「留守番は長時間にならないか?」など、あれこれと質問されました。オーストラリアで犬のトレーニングを学んでいることやペットとして愛犬を迎えたいことなどを伝え、ブリーダーさんから信頼を得たのち、2週間後に犬舎を訪問する予約を入れました。

シドニーから車で2時間半かけて到着した犬舎では、広々としたドッグランのようなバックヤードで、犬たちがにぎやかに遊んでいました。ブリーダーが名前を呼ぶと、1頭の犬が走ってきて、まずはガーデンチェア、そしてそのままテーブルの上にポンと飛び乗ったのです。
「ふふふ。彼女はショーガールだからね。テーブルの上で構ってほしいのよ」と、ブリーダーさん。

yobiyobi_572ドッグランを走り回る生後半年ごろの愛犬リンリン。

ドッグショーで犬がチャンピオンなどのタイトルを獲得するには、遺伝性疾患などが見られず、健康でなければなりません。人に触られても唸ったり咬んだりせず、怖がりもしない、安定した気質もショードッグの必須条件です。ドッグショーは見た目の良さを競う単なるビューティーコンテストではなく、後世へ健全な血を引き継げる、心身ともに健全な犬であるというお墨付きをもらうために意義深いものなのです。

テーブルの上のノーリッチを撫で始めたら、耳を寝かせてちぎれんばかりにシッポを振っています。「これが、お譲りできる4頭の子犬のママよ。人懐っこいし、シャイじゃないし、パテラ(膝蓋骨脱臼)などの遺伝性疾患もない血統だから安心してね。子犬は見る?」と、ブリーダーさん。

この時点で、犬舎や親犬などに対してフィーリングが合わなければ、「子犬は見ないでいいです」などと言って帰宅する訪問者もオーストラリアでは珍しくはありません。訪問者が子犬だけを最初に見せられたら、かわいさの余り冷静な判断ができなくなるのを、ブリーダーさんも知っているからです。B_400b ママ犬と一緒に記念撮影。物怖じせず、フレンドリーで陽気な親子です。あ、ブリーダーさんも同じく!

「このママの子犬ならば、きっといいコに違いない!」と確信した私は、さっそく子犬を見せてもらうことに。バックヤード内に3畳ほどに小さく仕切られたスペースで、4頭の子犬がコロコロと遊んでいました。実はその中から、一番勝気な子犬を私は選んだのです。自らの勉強のために…。

子犬を抱っこして入った応接間では、お手入れ方法や食べ物や健康のこと、日常生活での注意点、血統についての説明をしっかり受けました。

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なお、私が愛犬のリンリンを迎えてから4年後の2009年、オーストラリアではブリーダーを対象とした法律も定められました。その行動基準の冊子内には、遺伝性疾患の種類、交配方法、繁殖プログラムに関わる各種機関に対する第一産業農業大臣による認定事項などが記載されています。

もしブリーダーが、遺伝性疾患の犬を交配に使った場合には罰則があります。交配後に対象となる遺伝性疾患であることが判明した場合には、罰金は取られませんが、第一産業省にレポートを提出する必要は生じます。たとえば、若年で失明する確率の高い遺伝性疾患として知られる「進行性網膜萎縮症(PRA)」などは、口腔粘膜を使った遺伝子検査によって容易に、クリア(病気の継承なし)、キャリア(病気の因子を持っている)、アフェクテッド(発症または発症の可能性あり)かを調べられるので、それらの検査を繁殖前に実施するのはむずかしくないからです。

この法律のおかげで、オーストラリアでは今ではどのブリーダーも、遺伝子検査でクリアな血統でなければ受け入れられないという認識を持って繁殖を行っているようです。さらに、犬種クラブでは、遺伝性疾患がないことを条件に入会を認めるようにもなっています。C_572b ドッグランのほか、温水プール完備のシドニー郊外のペットホテル。オーストラリアにはこのようなデイケア・ホテル施設を日帰り~長期旅行で利用する人が多くいます。

オーストラリアから渡来した愛犬リンリンは、おかげで健康そのもので、もうすぐ12歳を迎えます。日本にはオーストラリアのような仕組みは整備されていませんが、遺伝性疾患の遺伝子検査を積極的に行ったり、遺伝性疾患を発症した血統を繁殖ラインから排除するなどして、健全な子犬を後世に残す努力をしているブリーダーさんはたくさんいます。もし望む犬種がいるならば、そのような優良なブリーダーさんを探してみてはいかがでしょうか。

D_572b オーストラリア滞在中、ホストマザーが子猫を飼い始めたので、リンリンと一緒に遊ばせて猫への社会化も行いました。

動物にやさしい国、オーストラリアの犬事情

臼井京音

ドッグライター、写真家、東京都中央区の動物との共生推進員 ドッグライター・写真家として、およそ20年にわたり日本各地や世界の犬事情を取材。毎日新聞の連載コラム(2009年終了)や、AllAbout「犬の健康」(2009年終了)、現在は『愛犬の友』、『AERA』、『BUHI』など、様々な媒体で執筆活動を行う。オーストラリアで犬の問題行動カウンセリングを学んだのち、2007~2017年まで、東京都中央区「犬の幼稚園 Urban Paws」」の園長・家庭犬のしつけインストラクターとしても、飼い主さんに…

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