12/9「漱石忌」 文豪の猫のその後は・・・

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1200wagahai

12月9日は「漱石忌」、明治の文豪・夏目漱石が亡くなった日です。

漱石の処女作、『吾輩は猫である』のモデルは、夏のある日、夏目家に迷い込んできた一匹の子猫。夫人が何度追い出しても戻ってくるので、ついに漱石が「置いてやったらいい」と飼うことに。

当時、漱石はまだ教職にありましたが、その年の暮れ、小説を書き始め、翌1909年1月に発表したのが、「吾輩は猫である。名前はまだ無い・・・」で始まる、あの作品。これが評判を呼び、瞬く間に国民的作家になっていったのですから、幸運を招く福猫だったんでしょう。

この猫は、小説中の猫と同様、最期まで名前はありませんでした。
とはいえ、亡くなったときには、漱石自ら墓標に「猫の墓」と書いて庭に葬り、弟子たちには、猫の死亡通知を書き送ったといいます。

夫人も月命日には、鮭の切り身と鰹節をかけたご飯を供えていたそうですから、ずいぶん可愛がられていたのでしょうね。

 

『吾輩は猫である』を知ってる?

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